超伝導 ― これほど騒がれているのはなぜか
発泡スチロール製のコーヒーカップの下半分のような容器の中に,小さなボタン大の何か黒い物質でできた円筒が入っています。円筒の上には,円筒よりもさらに小さい金属片が載っています。若い生徒が発煙性の液体を容器の中に一度に少しずつ慎重に注いでゆきます。テーブルの周りの人たちは皆,鋭い期待を抱いて見つめています。
最初,容器に触れた液体はシューと激しい音を立てます。程なくして静かになり,空気が静止します。すると,金属の小片は小さく踊ってでもいるかのように小刻みに振動し始め,突然,円筒の上にわずかながら浮かび上がります。生徒は針金の輪を取り出して,金属片をくぐらせます。種も仕掛けもありません。金属片は空中に浮遊しているのです!
これは,米国カリフォルニア州にある高校の一群の生徒たちが行なった,超伝導に関する実験です。わずか一,二年前までは,こうした実験は,精巧な設備と多額の資金を有する最新の研究所でしか行なうことができませんでした。今日,そのような実験を高校生が行なっているという事実は,この分野が長足の進歩を遂げていることを示しています。
タイム誌は昨年5月に,「超伝導物質!―世界を変え得る驚くべき前進」と題するカバーストーリーを掲載しました。ニューズウィーク誌は超伝導を「新しい電気革命」と呼びました。ライフ誌は,この分野で物事がいかに速く進展するかを暗示する,「即席料理の物理学」という題の記事を掲載しました。では,超伝導とは何ですか。また,超伝導がこれほど騒がれているのはなぜですか。
長い間追い求められてきた理想
伝導率とは,物質が電流を伝える度合い,と定義されています。わたしたちのほとんどは,ガラスや磁器のような物質が電気を通さないことを知っています。一方,銅や金やプラチナなどの金属が電気をよく通すのは,電気が流れる時の抵抗が比較的小さいからです。それで,超伝導とは,物質の電気抵抗が全くないこと,つまり電気が妨害を受けずに,少しも失われずに流れる理想的な状態のことです。
科学者たちは,そのような理想的な物質,すなわち超伝導物質が持つ大きな可能性を長いあいだ心に描いてきました。例えば,超伝導物質でできた電線を使えば,従来の電線の抵抗による膨大なエネルギーの損失を防げるだけでなく,農村地帯を縦横に交差している,見苦しくて経費のかかる送電線は姿を消すでしょう。超伝導物質を使えば,今まで出せなかったような速度で計算する大容量のスーパー・コンピューターを製造できます。また,超伝導物質の並はずれた磁気特性は,医療用走査装置,リニアモーターカー,大型粒子加速器,さらには核融合発電などの実験的装置の実用化を可能にする,強力な電磁石の新しい時代を招来することができます。
しかし,これらはどれも魅力的ですが,一つの落とし穴があります。科学者たちは75年以上も前から,ある種の金属が実際に超伝導を示すのは,氷点下何百度という超低温まで冷却された時だけであるということを知っていました。オランダの科学者ハイケ・カーメルリング・オンネスがたまたま超伝導物質への道に初めて足を踏み入れたのは1911年のことです。彼は,1913年のノーベル賞受賞の対象となった,気体ヘリウムの液化法を開発した直後,様々な金属に及ぼす低温の影響について調べていました。そして偶然にも,摂氏零下269度,つまり科学者たちがケルビン目盛りで絶対零度と呼ぶ温度から4度高い4Kで,水銀の電気抵抗が全くなくなることを発見しました。a
超伝導が全く偶然に発見されたとはいえ,その価値はすぐに認められました。しかし,物質が超伝導を起こす,転移温度もしくは臨界温度と呼ばれる超低温が厳しい障害となりました。そのような低温まで冷却するのは費用がかかり,複雑であるということが,超伝導の実際的な価値を制約しました。以来,科学者たちは,より高温で超伝導を起こす物質を発見しようと,他の物質で何十年間も実験を試みてきました。それでも,進展が見られるまでには時間がかかりました。
しかし,幾年もの間に,超伝導物質の他の特性が明らかになってきました。超伝導物質を磁場の中に置くと,いかなる磁束も超伝導物質の中を通り抜けることができず,超伝導物質は磁束をはねつけるか,磁束にはねつけられる,という極めて重要な一つの事実が1933年に発見されました。高校の実験で実証されたような空中浮遊は,マイスナー効果と呼ばれるこの現象に起因します。この発見は,より高温で超伝導を起こす物質を探求する新たな努力を促しましたが,進歩はやはり非常にゆっくりとしたものでした。1973年という最近になって,それまでで最高の23K(摂氏零下250度)で超伝導を起こすある合金が発見されましたが,依然として実用には適さない低い温度でした。その後の約10年間は,ほとんど行き詰まった状態が続きました。
温度が上がる!
他の研究者たちが余り成功を収めていないのは,彼らが見当違いの物質を調べているためかもしれないという意見を,スイスのチューリヒにあるIBM研究所の二人の科学者が提出した時,事態は新しい意外な進展を見せるようになりました。その時まで,ほとんどの研究は金属や合金を用いて行なわれていました。「こうした方法ではもう進歩は望めないという確信を得た」と,それら二人の科学者の一人アレックス・ミュラーは述べました。
ミュラーと共同研究者のゲオルグ・ベドノルツは,1983年に金属酸化物で実験を始めました。二人は1986年の初めに,バリウム,ランタン,銅,および酸素から成る化合物を用いて,35K(摂氏零下238度)での超伝導という,近年にない大きな飛躍を遂げました。やがてそのニュースは1986年9月に公表され,科学界を驚かせました。スイスの研究所の科学者たちが用いたセラミックス類は普通は電気を通さないので,そのような物質からここ数十年で最大の前進がもたらされようとはだれも考えていませんでした。
その後,短期間のうちに新しい記録が次々に打ち立てられました。1987年2月には,ヒューストン大学のC・W・チューをリーダーとするチームが,ミュラーの混合物中のランタンの代わりに別のいわゆる希土類元素,イットリウムを使って,93K(摂氏零下180度)という記録的な高温で超伝導が起きることを発見しました。
この業績は,高温超伝導の新しい1章を開きました。その時まで,研究材料を必要な温度に下げるためには,液体ヘリウムを使用しなければなりませんでした。それは,非常に経費のかかる複雑な工程でした。しかし新発見によって,沸点が77K(摂氏零下196度)の液体窒素で冷却できるようになりました。液体窒素は容易に入手でき,牛乳程度の費用しかかかりません。しかも,手の込んだ設備がなくても扱うことができます。この点と,酸化物は製造も容易で廉価であるという事実は,超伝導の研究に拍車をかける点で大きな役割を果たしました。
もちろん最終目標は,冷却する必要の全くない,室温での超伝導物質です。世界中の科学者たちがその目標を熱心に追い求めています。実際,室温超伝導の「つかの間の痕跡」を示す報告も聞かれるようになりました。
1987年5月末に,チューとそのグループは自分たちの記録を更新し,試験材料の小片が225K(摂氏零下48度)で超伝導を起こすことを突き止めました。ところが,それは断続的なものにすぎませんでした。チームの一員であるペイ・ヘン・ホーは,「一度は観察できる。しばらくすると見られなくなるが,また見られるようになる」と述べました。カリフォルニア大学バークレー校の別のグループは,自分たちの研究していた物質が292K(摂氏19度)で超伝導を起こしたと報告しましたが,再び同様の成果を得ることはできませんでした。
黄金時代も間近?
これら超伝導に関する胸の躍るようなニュースから,わたしたちが今や新しい時代,つまり科学技術の黄金時代の門口に立っているという印象を受けてきた人は少なくありません。電灯やトランジスタのような過去の発明品の場合にもそうだったように,わたしたちの生活は変わろうとしている,と言われています。超伝導物質によって実現されると考えられているそれらの驚くべき事柄はすべて,本当にすぐそこまで来ているのでしょうか。
そもそも,「基本となる科学的な理解をさらに十分に得なければ,超伝導の広範な利用などできない」と,全米科学財団の会長エリック・ブロックは述べています。科学者たちは,人工のセラミックス材になぜあのような働きがあるのかに関する明確な答えをいまだに提出できません。
このようなわけで,多くの専門家たちは,超伝導物質が研究室を離れて実用化されるまでには何年もかかるだろうと考えています。米規格基準局のある研究員は,「そのような物質の持つ可能性は大きいが,報道機関が定めた時刻表は正しくない。それらの物質がコンピューターの薄膜に登場するようになるまで5年はかかり,広く応用されるようになるまで20年はかかるだろう」と述べています。
障害となる一つの点は,高温超伝導物質は金属とは違って展性がなく,加工もできないということです。また,セラミックス,つまり陶器の皿を落としたことがある人ならだれでも知っている通り,そういうもろい素材を曲げるのは簡単ではありません。ところが,超伝導物質が実用化されるためには,それを電線やフィルムに加工しなければならないのです。例えば,コンピューターや集積回路に使用するためには,厚さがわずか1ミクロンにも満たないフィルムにしなければなりません。モーターや磁石には細くてしなやかに曲がる針金が必要とされ,送電線には強さとしなやかさが求められます。
問題を一層複雑にしているのは,超伝導物質が多方面の応用に必要な多量の電流や磁界を担えるかどうか,科学者たちには確信できないということです。どんな超伝導物質にも,ここを超えると超伝導状態が破れるという限界があり,今のところ,その限界は余り高い温度ではありません。恐らく,これらの問題はみな解決されると思われますが,それでもすぐにというわけにはゆきません。
しかし,超伝導物質にはもっと不吉な面があります。すでに,超伝導物質を宇宙戦争の粒子ビーム兵器やエネルギー指向型兵器に使用するという話があるのです。超伝導は,だれもが予測し,期待している通りの祝福となるでしょうか。あるいは,火薬や核分裂のような過去の他の革新的な発明の場合のようになるのでしょうか。これらの質問にはっきりと答えられる人はいないようです。
[脚注]
a 摂氏零下273度に相当する絶対零度は,分子のエネルギーが最小になり,分子の運動が事実上停止する温度です。科学者たちは低温の研究において,絶対零度から始まるケルビン目盛りのほうを好んで用います。ケルビン目盛りは,度数の符号(°)のないKという記号で表わします。
[21ページの囲み記事]
超伝導物質の持つ可能性
「公益事業は,窒素によって冷却した実用的な超伝導物質を用いれば,幾十億ドルも節約できる。またそれによって,50以上の発電所を閉鎖してもよいほどのエネルギーを節約できる」と,ビジネス・ウィーク誌は述べています。また,超伝導の発電機と送電線があれば,都市部からもっと離れた場所に一段と強力な発電所を建設して,汚染や経費や危険を減らすことができます。
軽量超伝導磁石によって,最高時速480㌔で走るリニアモーターカー(磁気浮上列車)が実現するかもしれません。効率のよい超伝導モーターで走る電気自動車は都会の大気汚染を減らすでしょう。船でさえそのようなモーターで動かすことができます。
シリコン・トランジスタよりも1,000倍も速度の速い超伝導マイクロチップがすでに開発されています。そのようなチップを使えば,将来のコンピューターは計算速度が速まるだけでなく,熱の発生を大幅に抑えることができるので,さらに小型化するでしょう。卓上コンピューターが今日の電算機本体の性能を持つようになります。
NMR(核磁気共鳴診断装置)とSQUID(超伝導量子干渉計)は,人体の内部を見たり,脳波を探知したりすることができる機械です。超伝導物質がもっと安く簡単に使えるようになれば,普通の病院や診療所にもこうした機械を設置できるでしょう。
超伝導物質の持つ可能性は大きいとはいえ,そのうちのどれほどが実現するのでしょう。
[19ページの図版のクレジット]
IBM Research