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エホバに歌いましょう!ものみの塔 2010 | 12月15日
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イスラエルの王になった後,幕屋での奉仕に美しい音楽を取り入れました。現役で奉仕していたレビ人の十分の一余り,4,000人もが,「賛美する者」として割り当てられます。「エホバへの歌の訓練を受けた……専門家」も288人いました。―代一 23:3,5; 25:7。
4 ダビデ自身,レビ人が演奏したり歌ったりした多くの歌を作りました。ダビデの詩編が歌われる場にいる機会に恵まれたイスラエル人は皆,聞いた事柄に強く心を動かされたに違いありません。後に契約の箱がエルサレムに運ばれた時のことについて,こう記されています。「ダビデはレビ人の長たちに,歌の楽器,弦楽器,たて琴,シンバルを使う歌うたいである彼らの兄弟たちを配置して,高らかに奏でて歓びの声を上げさせるようにと言った」。―代一 15:16。
5,6. (イ)ダビデの治世中に音楽に大きな注意が向けられたのは,なぜですか。(ロ)古代イスラエルで,崇拝において音楽に重要な役割があると考えられていたことは,どうして分かりますか。
5 ダビデの時代に音楽にこれほどの注意が向けられたのは,なぜでしょうか。単に,王が音楽家だったからでしょうか。いいえ,別の理由がありました。それは数百年後に,義にかなった王ヒゼキヤが神殿での奉仕を再開させた時に,明らかになりました。歴代第二 29章25節に,こうあります。「彼[ヒゼキヤ]はダビデおよび王の幻を見る者であるガド,それに預言者ナタンの命令によって,レビ人にシンバルと弦楽器とたて琴を持たせて,エホバの家に立たせた。この命令がエホバの預言者たちを通してもたらされたのは,そのみ手によるものだからである」。
6 エホバが預言者たちを通して,ご自分を歌で賛美するよう崇拝者たちに指示なさったのです。祭司の部族の歌うたいは,他のレビ人に求められていた責務を免除されたので,曲作りに,そしておそらく練習にも,十分な時間を充てることができました。―代一 9:33。
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エホバに歌いましょう!ものみの塔 2010 | 12月15日
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9. ソロモンの治世中に神殿の奉献式に出席したとしたら何を見聞きできたか,述べてください。
9 ソロモンの治世中,音楽は清い崇拝において際立った仕方で用いられました。神殿の奉献式の際,大規模なオーケストラがあり,金管セクションでは120人がラッパを吹きました。(歴代第二 5:12を読む。)聖書によれば,「ラッパを吹く者[全員が祭司]と歌うたいたちが一人のようになって一つの声を聞かせ,エホバを賛美し,これに感謝し,……『神は善良な方で,その愛ある親切は定めのない時までも及ぶからである』と言って声を上げ」ました。喜ばしい音楽と声が響くや,「エホバの家が雲で満たされ」ます。これはエホバの是認のしるしでした。すべてのラッパの音と何千人もの歌うたいの声が一つに溶け合うのを聞くのは,どんなに感動的で,畏怖の念に打たれる経験だったでしょう。―代二 5:13。
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