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  • 真のクリスチャンは,すべて福音宣明者でなければならない
    ものみの塔 1992 | 9月1日
    • 7 キリスト教の福音宣明の業に関して,西暦47年と1939年には類似したどんな状況が存在していましたか。

      7 それでも当時のエホバの証人の大多数は,英語が用いられているプロテスタントの国々に集中していました。実際,7万3,000人の王国宣明者の75%余りは,オーストラリア,英国,カナダ,ニュージーランド,米国の人たちでした。西暦47年の場合と同様,世界のあまり業が行なわれていない国々にもっと注意を向けるよう福音宣明者たちを鼓舞する何かが必要でした。

      8 1992年までに,ギレアデ学校は何を成し遂げてきましたか。

      8 戦時の種々の制限や迫害も,エホバの強力な聖霊がエホバの僕たちに働きかけ,より大きな拡大の備えをするよう彼らを動かすのを阻むことはできませんでした。第二次世界大戦たけなわの1943年,神の組織は良いたよりを一層広めることを目的に,ものみの塔ギレアデ聖書学校を設立しました。同校は1992年3月までに,171の異なった国々に,6,517人の宣教者を派遣してきました。それに加え,外国のものみの塔協会の支部を世話するための訓練を受けた男子もいます。1992年現在,97人の支部委員会調整者のうち,75人はギレアデで訓練を受けました。

      9 どんな訓練計画が,福音宣明を行ない,弟子を作る業の進展に貢献してきましたか。

      9 ギレアデ学校以外にも幾つかの訓練計画があり,エホバの民はそれらの計画を通して,自分たちの福音宣明の業を拡大し改善するよう備えてきました。例えば,神権宣教学校は全地のエホバの証人の会衆で開かれています。この取り決めは毎週の奉仕会と相まって,効果的な公の宣教を行なうよう幾百万もの王国伝道者を訓練してきました。また,成長を続ける諸会衆を長老と奉仕の僕がより良く世話できるよう,彼らに価値ある訓練を施す王国宣教学校があります。開拓奉仕学校は,一層効果的に宣べ伝える活動を行なえるよう,多くの全時間福音宣明者を助けてきました。もっと最近では,結婚していない長老と奉仕の僕たちを現代のテモテになるよう援助する宣教訓練学校が,様々な国で開かれています。

      10 神の組織を通して備えられた優れた訓練全体から,どんな結果が生じてきましたか。(囲み記事の資料も含めてください。)

      10 こうした訓練全体からどんな結果が生じていますか。1991年に212の国や地域で活発に王国をふれ告げたエホバの証人の数は,最高数で優に400万を超えました。しかし,1939年の状況とは異なり,彼らの70%以上は,英語が優勢な言語ではない,カトリックや東方正教会の国,非キリスト教国などの人たちです。―「1939年以降の拡大」という囲み記事をご覧ください。

  • 真のクリスチャンは,すべて福音宣明者でなければならない
    ものみの塔 1992 | 9月1日
    • [19ページの囲み記事]

      1939年以降の拡大

      ギレアデで訓練を受けた宣教者たちが派遣された三つの大陸に関する実例を幾つか考慮してください。1939年当時,西アフリカから報告を提出していた王国宣明者は636人に過ぎませんでした。ところがこの数は1991年までに,西アフリカの12の国々を合計すると20万人を超えるほどに増加しました。宣教者は南米諸国の著しい増加にも貢献してきました。その一つはブラジルです。この国の1939年の王国宣明者は114人でしたが,1992年の4月には33万5,039人にまで増加しました。アジアの幾つかの国々でも,宣教者が到着した後に同様の成長が見られました。少数だった日本のエホバの証人は第二次世界大戦中に厳しい迫害を受け,業は停止しました。その後1949年に業の再組織を援助するため,13人の宣教者たちが到着しました。その奉仕年度に野外奉仕を報告した,地元の伝道者は日本全体で10人にも満ちませんでしたが,1992年4月に伝道者の総合計は16万7,370人に達しました。

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