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  • 蛮行 ― 一体なぜ?
    ものみの塔 1999 | 6月15日
    • 蛮行 ― 一体なぜ?

      「ナニモ言ウコトハナイ」。これは,サンパウロの魅力的な住宅地の,ペンキを塗ったばかりの壁に大きな文字で書かれていた言葉です。ある種の蛮行<バンダリズム>とお考えになるかもしれません。落書きは蛮行の一種にすぎないのです。

      無責任な者たちが,あなたの新車を傷つけたとしましょう。あるいは,大勢の人に役立つ公共資産が,彼らの手によって傷つけられ壊されたことに気づく場合があります。なぜ? そうです,一体なぜそうしたことをするのでしょうか。蛮行はなぜ増えているのだろう,と考えたことがありますか。多くの場所で,蛮行に走る者たちは電話ボックスを汚したり壊したりするのを楽しんでいるように思えます。電車やバスなど公共の乗り物もよく標的にされます。それらの人たちは,何事にも無頓着のように見えます。しかし,わたしたちは多くの蛮行を目にし,被害に遭うこともあります。その背後には何があるのでしょうか。

      リオデジャネイロに住む若者マルコaは,応援しているサッカーチームが試合に負け,気持ちがむしゃくしゃしました。気持ちが収まらなかったマルコは,勝ったチームのサポーターたちが乗っていたバスに石を投げ始めました。あるいは,クラウスについて考えてみてください。学校で良い成績が取れなかったためかっとなり,石を投げて何枚も窓ガラスを割りました。しかし,弁償を求める請求書が父親のところに届くと,“面白さ”は消えうせてしまいました。別の若者エルウィンは働きながら学校に行っていました。エルウィンと仲間は,感じの良い若者たちのように見えました。ところが,気晴らしに近所の物を汚したり壊したりしていたのです。エルウィンの両親はそのことについて何も知りませんでした。孤児のワルテルは,やむなくサンパウロの路上を自分の住みかにしていました。彼の一番の仲良しは,破壊行為や暴力行為を行なっていたギャングたちでした。ワルテルは彼らと行動を共にするようになり,武術も習得しました。こうした幾つかの例から,蛮行の背後にはさまざまな人たちがおり,蛮行に走るきっかけや,関係している感情も実にさまざまであることが分かります。

      「蛮行は,復しゅうの行為だったり,政治上の意見を表明する方法だったりする場合がある。若者も大人もただ“面白半分”で犯罪を犯すことがある」と,ワールドブック百科事典(英語)は述べています。しかし,蛮行は若者たちの面白半分の行為であるというよりも,本当に破壊的で,命にかかわることさえあるのです。ある若者たちは,「面白いこと」をしたくなり,ある男性が眠っているのを見つけると,その人に引火性の高い液体をかけて火をつけたのです。犠牲者となったインド人の男性は,その後病院で亡くなりました。ある報告によれば,「若者たちは,浮浪者が何人か路上で火をかけられたときも何の法的措置も取られなかったので,だれも気にかけないだろうと思った,と述べたとのこと」です。蛮行による犠牲者がいるかどうかにかかわりなく,その代価,つまり金銭的,感情的代価は計り知れないものがあります。では,どんなことによって蛮行を抑制したり,なくしたりできるのでしょうか。

      だれが蛮行をやめさせられるか

      警察や学校は蛮行を防止できるでしょうか。一つの問題は,学校や警察が“犠牲者なき”犯罪より,麻薬取り引きや殺人事件など,もっと重大な犯罪で手いっぱいという場合があることです。ある警察官によると,若者が問題に巻き込まれると,親は多くの場合,「子どもが付き合っている仲間か学校,あるいは子どもを捕まえた警察のせいにする」ようです。教育や法の執行で蛮行を減らせるとしても,親の態度が変わらなければどうでしょうか。ある少年保護観察官は,「原因は退屈していることと格好の状況です。[子どもたちは]夜遅くまで外にいますが,何もすることがありません。おそらく監督されてもいないでしょう。そうでなければ,子どもたちは出歩かないはずです」と述べています。

      多くの場所で蛮行が深刻な問題となっているとしても,物事がどのように良い方向へ変化する可能性があるか考えてみてください。冒頭で触れた,蛮行を行なっていた若者たちは変化しました。反社会的な行為はもう全く行なっていません。不良だった若者たちの生き方を変えたのは何だったのでしょうか。また,蛮行が減るだけでなく,姿を消すとしたら驚かれますか。次の記事をお読みになるようお勧めいたします。

  • 蛮行は一掃される
    ものみの塔 1999 | 6月15日
    • 蛮行は一掃される

      「十代の若者の蛮行は,常に大人や大人の基準に対する軽蔑と反抗の表われとみなされてきた」と,作家のジェーン・ノーマンとマイロン・W・ハリスは述べています。こうした状況は変えられないと考える若者は少なくありませんが,「3人に一人は,親が子どもにもっと関心を示し,十代の若者がひどく退屈しなければ,若者による蛮行は防止できると考えている」と,この二人の作家は述べています。若い人たちを退屈させず,親がもっとよく監督するなら,破壊行為や暴力行為を減らせるかもしれませんが,それだけで根本原因を突き止めることになるでしょうか。

      多くの若者は一人でいるときは問題を起こさなくても,二人またはグループになると,ばかげたことや手に負えないことをして人の注意を引こうとすることがあります。ネルソンの場合がそうでした。彼はよく麻薬やアルコールの力を借りて破壊行為や暴力行為を行なっては怒りや不満をぶちまけていました。ジョゼは,農地改革や労働者の権利についてのカトリック教会の説教を聞いて感情をかき立てられ,抗議手段としてストライキや組織化された蛮行に参加すべきだと感じました。しかし,ネルソンとジョゼは暴動や蛮行よりはるかに良いものを見いだしました。

      蛮行に至るもっと根本的な理由

      一部の若者が蛮行に至る理由についてもう少し詳しく調べてみましょう。青少年の多くは困惑しており,「世の中のことを,狂った人々で満ちた,混乱し気違いじみた場所と述べてい」ます。それでも,ある人たちの考えとは裏腹に,「十代の若者は自分の行く末を気にかけており,大人が考える以上に心配している」と報告は述べています。破壊行為や暴力行為に加わる若者は知ってか知らずか,根深い欲求不満,未解決の問題,必要がかなえられないことなどをそうした方法で表わす場合があります。冒頭で触れた調査によると,「蛮行を支持もしくは正当化した回答者は一人もおらず,そうした行為に加わった[ことのある]人たちでさえそうだった」のです。

      若者が感謝や励ましの言葉を耳にすることはまれかもしれません。教育がますます重視され,さらに多くの仕事に高度な専門知識や専門技術が要求されるようになり,若者は脅威を感じるかもしれません。そのうえ,親や教師や仲間たちは,若者の人となりにではなく成し遂げた事に重きを置き,非常に批判的で要求的になることがあります。自分自身に失望したというだけで,反抗したり蛮行に走ったりする若者は少なくないのです。親の愛や関心がそうした苦悩を大いに軽減するのではないでしょうか。

      落書きや他の非行の取り締まりを一部の当局者があきらめてしまったかに見える一方,不安を抱く一般の人たちが今でも破壊行為や暴力行為の抑制を学校の教職員に期待しているのをあなたは見てこられたかもしれません。法による規制に関してワールドブック百科事典は,次のように述べています。「蛮行は罰金や懲役によって罰することができる。ある自治体には蛮行に走った子どもの親に責任を求める法律がある。しかし,大半の行為は罰せられない。こうした事件で法の執行は難しく,個々の蛮行による損害は,たいてい法的措置を取るほどの額ではない」。ある報告によると,逮捕されたのは違反者のわずか3%のみです。

      非行の根本原因と取り組む最善の方法は,親の十分な世話であることにきっと同意されるでしょう。しかし,家族生活が低下すると地域社会は悪化します。ブラジルのサンパウロ大学のアナ・ルイーザ・ビエイラ・デ・マットス教授は,若者に関係した問題の原因の幾つかは,『親の監督の不行き届き,規則やコミュニケーション不足,怠慢,無頓着や無関心』であると述べています。

      わたしたちはこの時代に,「不法が増すために,大半の者の愛が冷えるでしょう」というイエス・キリストの言葉が成就しているのを確かに目にしています。(マタイ 24:12)また,テモテ第二 3章1節から5節に記されている言葉が成就していることを否定する人がいるでしょうか。使徒パウロはこう書きました。「このことを知っておきなさい。すなわち,終わりの日には,対処しにくい危機の時代が来ます。というのは,人々は自分を愛する者,金を愛する者,うぬぼれる者,ごう慢な者,冒とくする者,親に不従順な者,感謝しない者,忠節でない者,自然の情愛を持たない者,容易に合意しない者,中傷する者,自制心のない者,粗暴な者,善良さを愛さない者,裏切る者,片意地な者,誇りのために思い上がる者,神を愛するより快楽を愛する者……となるからです」。実際のところ,こうした特徴を示す人々の中で暮らしているだけで少年犯罪は助長されます。しかし,あきらめる必要はありません。一般社会は蛮行を排除できませんでしたが,自分の生き方を首尾よく変化させ,もはや粗野で,他の人を気にかけないような生き方をしなくなった人たちを見いだすことはできます。その人たちの場合,蛮行は食い止められたのです。

      若者たちの健全な導き

      破壊行為や暴力行為を行なっていた人や他の人たちが人格を変化するのに何が助けになったでしょうか。一部の教育者や親たちには信じられないように思えるかもしれませんが,聖書は優れた,最新の導きを与えています。その導きに従うことにより,以前はそうした行為に携わっていた人たちも,神の次の明確な律法に従うよう動かされました。「よこしまな事柄のために群衆に従ってはならない」。(出エジプト記 23:2)それまで全く理解できなかった信条や教理に関し,神の言葉の真理に引き付けられた人は少なくありません。そして学んだ事柄によって良い人になるよう心を動かされたのです。サンパウロの若者ジョゼの経験を考えてみましょう。ジョゼは崇拝に像を使用する信仰を教えられて育ちました。神にエホバというお名前があること,また神が像を用いた崇拝を是認されないことを知ると,ジョゼは神の目に喜ばれることを行なうよう変化しました。―出エジプト記 20:4,5。詩編 83:18。ヨハネ第一 5:21。啓示 4:11。

      ネルソンは,暴力的な仲間との付き合いやストライキへの参加によって次から次にいらだたしい経験をしていましたが,それに代わって将来に対する真の希望を見いだし,大きな安心感を得ました。ネルソンはこう言っています。「ぼくは,悪い仲間との付き合いや麻薬に依存した生活のために家族からのけ者にされていましたが,今は家族の中で一番重んじられています。よく父から兄たちの相談相手になるよう頼まれます。ぼくはエホバの証人と聖書を研究するようになって,喜びとはどんなものかを知りました。人生に目的を持っているからです」。都会に住み,暴力的な環境に慣れっこになっているマルコのような若者にとって,神の王国が地を楽園<パラダイス>にすることを知るのは実に心温まるものとなりました。―啓示 21:3,4。

      町の乱暴者で,破壊行為や暴力行為を行なっていた元ギャングについても考えてください。孤児で非常に悲しい子ども時代を送ったワルテルは,腐敗した邪悪な体制のただ中にあって神がご自分の民を持っておられることに感銘を受けました。神の民は,聖書の原則を生活に当てはめ,同情心や思いやりや親切を示すよう誠実に努力している人々です。ワルテルはこう言います。「イエスが約束された通り,今わたしには大きな家族,『兄弟,姉妹,母,父』がいます。将来について言えば,神の義の政府のもとで人々が幸福や一致のうちに住む時を楽しみにしています」。―マルコ 10:29,30。詩編 37:10,11,29。

      反抗よりも良いもの

      破壊行為や暴力行為に加わっていたこれらの人たちは,仲間の人間に思いやりや愛を示すことに加え,『悪を憎む』ことを学びました。(詩編 97:10。マタイ 7:12)あなたはいかがですか。はびこる蛮行に悩まされているとしても,神の言葉を学ぶなら,あなたにとってエホバは,気遣いを示したいと願う愛情深い天の父として現実的な存在になります。(ペテロ第一 5:6,7)個人的な弱さを持っていても,あるいは貧困状態にあっても,神は霊的に成長するよう助けてくださいます。それ自体本当にすばらしい経験となります。

      エホバとみ子イエス・キリストは,あらゆる人々が聖書の真理を学ぶ機会を得ることを真に願っておられます。神の言葉は,蛮行をすぐにやめるよう人々を助ける以上のことを行ないます。神の原則を当てはめる点でさらに進歩するよう動機づけを与えることができるのです。その結果,清さや礼儀正しさで知られる国際的な兄弟関係の一員,つまりエホバの証人の世界的な会衆の一員になることができます。そうした誠実なクリスチャンたちはエフェソス 4章24節と調和して,「神のご意志にそいつつ真の義と忠節のうちに創造された新しい人格を着け(た)」のです。間もなく世界はそうした人たちで満ちるでしょう。生き残って永遠に生きるのはそのような人たちだけだからです。―ルカ 23:43と比較してください。

      蛮行のない新しい世は可能

      蛮行を本当に根絶できると思われますか。もしそうなら,そのような重大な変化はどのように生じるのでしょうか。間もなく神の王国がこの邪悪な体制を除き去るのです。地に住む人たちは,何であれ神の義の律法を故意に犯すなら責任を問われます。(イザヤ 24:5,6と比較してください。)「違犯をおかす者たちは必ず共に滅ぼし尽くされ」ますが,義を愛する者たちは救われます。「エホバは彼らを助けて,逃れさせてくださる。彼らを邪悪な者たちから逃れさせ,救ってくださる。彼らが神のもとに避難したからである」。―詩編 37:38-40。

      実のところ,蛮行の根源は完全に取り除かれます。そして犯罪や圧迫,苦悩,不正もすべてなくなるのです。代わって,平和,真の義,平穏,安全が新しい世の生活を特徴づけるでしょう。イザヤ 32章18節は,文字通り成就する事柄をこう描写しています。「わたしの民は平和な住まいに,全き確信の満ちる住居に,かき乱されることのない休み場に必ず宿る」。そうです,美しい世界的な楽園<パラダイス>に住むのは愛や思いやりを示す人たちなのです。

      かつては破壊行為や暴力行為を行なっていた人たちは,他の幾百万もの人と共にエホバ神との親密な関係をすでに楽しんでいます。彼らはもはやどんな蛮行も行ないません。あなたも神の言葉を導きとすることによって新しい世における命を得たいと思われますか。「わたしはあなたに洞察力を持たせ,その行くべき道を教え諭す。わたしはあなたに目を留めて忠告を与えよう」というエホバの宣言を書き記した昔の詩編作者に見倣ってはいかがですか。―詩編 32:8。

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