「一緒にハンガリーのぶどう園へ行きませんか」
ハンガリーの「目ざめよ!」通信員
ゼンプレーン山地は,火山活動で生じた円錐状の山々で有名です。これらの山の斜面に,ハンガリーのワインの産地で,風光明媚なトカイ・ヘジョヨがあります。
ハンガリーの北東部,そびえ立つトカイ山のふもとに隠れるようにしてあるのがトカイの町です。二つの川の合流地点であるこの町から北西へ約55㌔にわたって,ぶどうの産地が広がっています。この肥沃な地域のちょうど真ん中にトルチバという小さな村があります。そこではぶどうを収穫する一群の人々が,ハンガリーのフルミント種のぶどうの房から干しぶどうのようなものを注意深く摘み取っています。
こちらへ来てトカイ・ヘジョヨの有名な甘いトカイ・オスー・ワインを味わってみてください。この地方のぶどう栽培者は,自分たちの生産するワインに並ぶものはないと考えているので,そのワインには「ワインの王様」とか,「王様のワイン」といった意味のウィーヌム・レーグムとか,レクス・ウィーノールムといったラテン名が付けられています。
干しぶどうで作ったワイン?
わたしたちは好奇心から,「干しぶどうでワインを造るおつもりですか」と尋ねました。その質問がきっかけになって,熱心な説明が始まりました。これは実は干しぶどうではなく,しわが寄るまで木に残された特殊なぶどうなのだそうです。「どこがそんなに特殊なんですか」と,また不思議に思って尋ねると,驚いたことに,ボトリチス・シネレアを見せてくれました。これは,この地域のぶどうの表面に生える特殊なカビです。a 下の方を流れる川から上がる水蒸気で,この特殊なカビに適した環境が作られているということです。
このカビがぶどうに作用するには,それに適した気候が不可欠です。栽培者に必要なのは,晴天の日の多い,しかもぶどうの房の初期の生長を促進する雨が十分に降る夏です。その後,ぶどうが9月の初めに完熟し,乾燥した好天の秋が続けば,ワイン造りに最適のぶどうが出来上がります。
しかし,このカビはワイン造りにどう役立つのでしょうか。その答えはいささか専門的になりますが,次のように教わりました。熟したぶどうが枝の上で破裂すると,ある化学反応が始まり,カビがぶどうの中の果糖を食べるので,幾つかの酸が形成されます。
これらの酸はぶどう酒に酸味を与えるのでしょうか。糖分とアルコールはリンゴ酸と酒石酸の酸味を消すのだそうです。クエン酸やグルコン酸などは,ワインの味には欠かせないものです。ワインの酸味は土壌の組成に左右され,ワインの味も太陽とぶどうの木の位置関係による影響を受けます。
説明を聞いているうちに,乾燥したぶどうの果肉は圧搾されたあと,普通のぶどうで造った前年のワインと混ぜ合わされるということが分かってきます。72時間にわたる搾汁工程と最終的な圧搾を経たぶどうは,糖分の高いどろどろした液体になっています。それを木の樽の中で一定の期間発酵させます。アルコール分が13%から15%に達すると,発酵を化学的に停止させます。6か月たったら,ワインを濾過し,さらに熟成させるために寝かせなければなりません。良質のオスー・ワインは飲めるようになるまでに3年から5年かかります。
地下のワイン貯蔵室へ
わたしたちは村へ戻ると,ワイン博物館に入り,そこで展示物の一つに目を奪われます。それは古い二股の鍬です。この農具で固い土を耕すのは非常に疲れる仕事だったので,この農具は“人殺し”という名で知られていました。
ワイン貯蔵室の陽気な係員がわたしたちを迎え,快く博物館の貯蔵室の中を案内してくれました。そして,ワインの樽のためにちょうどよい温度と湿度を保つためにどんな注意が払われているか,誇らしげに説明してくれました。室温を摂氏約12度に保たなければならないので,貯蔵室は石灰岩をくりぬいて作られています。相対湿度は85%から90%に保たれています。
わたしたちは,またしても驚かされました。今度は,ワインの熟成がやはり特殊なカビの存在に依存している,ということが分かったのです。そのカビは貯蔵室のありとあらゆるところに生えています。木に,ガラスに,れんがの壁にさえ生えていて,生えていないのはコンクリートの床だけです。このカビが新鮮な外気に荒らされないよう,ワイン醸造業者は,なるべく貯蔵室の中を歩かないようにしています。
案内者は,ハンガリーのワイン醸造業者のことわざを引用して,「貴腐のあるところには,良質のワインがあり,良質のワインのあるところには,貴腐がある」と言いました。親切な係員はこの言葉の真実さをわたしたちに納得させるために,種々のトカイ・オスー・ワインを試飲させてくれました。グラスの中のワインは,ろうそくの明かりで琥珀色にきらめいています。グラスの内側に輪ができるでしょう,これがトカイ・オスー・ワインの特徴なんです,と係員は言います。
彼の話によると,ワインの鑑定人が辛口のワインを高く評価するのは,辛口のワインには,甘口のワインで味わうことのできないような,ワインの風味や芳香が現われるからだそうです。甘口のトカイ・オスー・ワインは神秘的だと言われています。本当の通でなければその秘密を解き明かすことはできません。
最後に係員から,「トカイ・オスー・ワインが薬とみなされ,どこの薬屋にも置かれていたことがあったのをご存じでしたか」と聞かれました。そう言われて,わたしたちはパウロがテモテに,「胃のため,また度々かかる病気のために,ぶどう酒を少し用いなさい」と助言したことを思い出しました。(テモテ第一 5:23)最後にワインの瓶詰と低温殺菌を見学した後,節度を守ってワインを用いる場合,『ぶどう酒は死すべき人間の心を歓ばせる』という,詩編 104編15節の言葉は確かに真実なのだと考えながら,家路につきました。
[脚注]
a 新ブリタニカ百科事典には,このカビが「ぶどうの糖分や風味を濃縮し,はちみつのような甘さにする」と述べられています。
[26ページの図版]
上: ワインはこれらの大樽の中で熟成する
右: このカビはビンの表面にさえ生える