若い人は尋ねる…
ストレスを克服できるだろうか
あなたは,いすにつまずいたのでそのいすを蹴飛ばすようなことをした記憶がありますか。宿題にうんざりして,教科書を片っ端からゆかに投げつけたことがありますか。もしあるとすればあなたは,ストレスが,後で悔やむことになる愚かな行ないの引き金になるのを経験したことになります。ストレスの解消に,蹴飛ばしたりぶち壊したりするより良い方法があるでしょうか。それはあります。しかしまずストレスについて少し知っておく必要があります。
「広義に定義すればストレスとは,体が何かに,例えば神経の緊張・病気・寒さ・暑さ・けがなどにさらされる時に生じるものである」と,「ティーンエージ・ストレス」の著者たちは述べています。そしてその「何か」に良い事柄も含め,「最高に幸福な時も大きなストレスを生むことがある」と言っています。
ストレスはあなたにどう影響するでしょうか。緊張したり,おびえたりするとどうなるか,わたしたちは知っています。胸はどきどきし,てのひらには汗がじっとりにじみ,手は震え,顔面は紅潮し,胃が締めつけられるように感じ,口は渇きます。こうした影響があるのは,体の中で多くのことが起きているからです。
分泌腺は,コーチゾンとかアドレナリンといった強力なホルモンを血流中に大量に放出し始めます。肝臓は血液中の糖分の量を増やします。こうした事柄はみな心臓の収縮を刺激し,血管を締めつけ,血圧を高くし,筋肉を緊張させます。
十代はストレスの標的
十代の人たちは,自然の成り行きとして多くのストレスにさらされます。思春期になると体に幾つかの変化が生じます。それに加えて,わたしたちの住む世界も絶えず移り変わっています。(コリント第一 7:31と比較してください。)しかし大人は,『あなたたちは若いし,何の苦労もない。当然幸福なはずだ』と,もっともらしく言うかもしれません。しかしそのように言う人は,若いとはどういうことなのか忘れたのでしょう。やはり若者も,自分の容姿・性・健康・両親・友人・先生・成績・お金・世界情勢・死などについて確かに心配します。ですから若い時は人生のうちで一番ストレスの多い時期かもしれません。だからといってろうばいしてはいけません。希望はあります。
まず,少しばかりのストレスはあなたのためになります。どうしてでしょうか。試験の場合を考えてみてください。「専門家の意見によると,少しのストレスは頭の回転を速くし,活力を保つ」と,ジュディス・ケルマンは若者の雑誌「セブンティーン」の中で述べています。有名なバン・クライバン・コンクールで賞を得たピアニストのアンドレ・ミシェル・シューブは,「どの演奏者でも,舞台に出るとある程度あがります。……それによって演奏者は一層のエネルギーと迫力を得,気持ちが集中できるので伝達がよりよく行なえるのです」と言ったということです。ですから,ストレスは何が何でも避けなければならない,と考える必要はありません。
ストレスに最もよく耐えられるのは若者
また大抵の若者には,さまざまな圧力を相殺するだけの十分なエネルギーと抱負があります。聖書には,『若者の美しさはその力である』とあります。(箴言 20:29)「若い人々は……過度のストレスから悪い影響を受けても,年配の人たちより速く回復……する」と,「ティーンエージ・ストレス」の著者たちは述べています。ニューヨークに住む23歳のビンセンツァの場合はその良い例です。彼女は次のように語りました。
「わたしが十代の時,母はガンで亡くなり,その1年半後には父が心臓発作で急死しました。後に残ったのはわたしと二人の弟でした。それからわたしはこの男性と知り合い,この男性のガールフレンドになりましたが,2か月後には別れました。時々,『自殺したほうがいいのだろうか,気が狂ってしまうのではないだろうか,行き着くところは精神病院なのではないか』と考えたりしました」。ビンセンツァはこのストレスに満ちた状況を生き残ることができたでしょうか。「今になって思えば,生き残ったのが信じられないくらいです。でも生き残りました。そして多くのことを学びました」と,ビンセンツァは語りました。
ビンセンツァはまた,エホバの証人のおばから,死者は将来訪れる地上の楽園に復活させられるという,聖書の与える希望を知らされました。(ヨハネ 5:28,29)「そのころはまだカトリック教徒でしたが,新しく見いだしたこの聖書の希望をわたしは心から信じました。それがどれだけ助けになったか分かりません」と,彼女は語りました。―コリント第二 1:9と比較してください。
ストレスを完全に克服することはできない
しかし,ストレスを完全に克服することは実際にはできません。「わたしたちはいつもストレスのもとにある。ストレスがなくなったときには,わたしたちは死んでいるのだ」と,「チャイルドストレス」の著者は書いています。遠い昔の聖書時代にも,人々はストレスを感じていました。聖書にはハンナのことが書かれていますが,彼女は子供がほしくてたまらなかったのに子供が産まれず,泣いて食事をしないことが,何年もの間しばしばありました。(サムエル第一 1:7)同じく,若者のエレミヤは,諸国民に宣べ伝えるようにと神から言われた時にちゅうちょしました。(エレミヤ 1:6)ヨブは,財産を失い,家族を失い,健康さえも奪われてしまった時,生まれてこなければよかった,と言いました。(ヨブ 3:10)イエスはあるとき非常な苦しみを覚えられ,汗が血の滴りのようになりました。―ルカ 22:44。
ですから,だれもストレスを逃れることはできません。ではどうしますか。ストレスに対処する方法を学ぶのです。それは必要なことです。ストレスがたまると,体は病気になり,憂うつな気持ちになることがあるからです。また頭の中が混乱し,後で悔やむような事柄を言ったり,したりすることもあります。ストレスのために頭や体が疲れ切ってしまうこともあります。それで次にストレスに対処する方法を幾つか挙げることにしましょう。
1. いらいらの原因を少なくする。ぽとぽと水の漏れる蛇口,ギーギー音のするドア,ぐらぐらする机などは,いらいらの原因になるかもしれません。ちょっとしたいらいらもストレスを増幅します。そのような物をなんとかしましょう。ゆるんだ物はしっかり締め,物によっては油をさし,修理します。度々必要とする物は手の届く所に置きます。きちんと整理することです。専門家によると,わたしたちの時間の20%から30%は,物を探すことだけに費やされるということです。模様替えをし,整頓し,装飾を施すのもよいでしょう。居心地のよい状態をつくります。ただし完全主義者になってはなりません。完全主義はだれにとっても大きなストレスを生む重荷になります。
2. 活動を組織し,制限する。二兎を追う者は一兎をも得ず,ということわざがあります。毎日しなければならない事柄のリストをつくり,一度に一つのことを行ないます。家の仕事をいつどのようにするかについては,親と一緒に予定表をつくります。そしてそれを自分から進んで,快活な態度で行ないます。無謀でストレスの多い活動には参加しないことです。そのような活動に参加すると,苦しくなったり,恐ろしくなったりする状況に追い込まれます。一時は面白く思えるかもしれませんが,ついには破滅を招きます。
3. 失敗するという心配を少なくする。確かに学校でのテストにはだれでもストレスを感じます。それでもよく準備をし,前日にはすべてを整え,早く床について熟睡すれば,失敗するという心配は和らぎます。興奮剤を使用してはいけません。それによって神経は興奮するかもしれませんが,有利な状況にはなりません。落ち着いて,しかし最善を尽くします。一度のテストで人の一生が決まるようなことはめったにないことを忘れないようにしましょう。失敗したとしても別の機会があります。あきらめてはいけません。聖書は箴言 24章16節で,「義なる者はたとえ七度倒れても,必ず立ち上がる」と述べ,積極的な態度をとるよう励ましています。
4. だれかに話す。蒸気ボイラーには逃がし弁が必要です。わたしたち人間にはもっと必要です。思い煩いや心配が自分のうちにたまっているのを感じる時には,だれかに話すべきです。友達,親,あるいは兄弟や姉妹でもよいでしょう。時には,神の義の原則を適用するよう助けることのできる人,例えばクリスチャン会衆内の長老などと話す必要があります。遠慮せずに話してください。―箴言 12:15。
5. 祈りを活用する。先に挙げた4人の聖書中の人物,ハンナ,エレミヤ,ヨブ,そしてイエスのことを考えてみてください。大きなストレスに対処するのに最も助けになったのは何だったでしょうか。4人とも自分の問題についてエホバ神に話しています。ハンナはそのようにしてエホバの祝福を受け,息子を授かりました。(サムエル第一 1:11,20)エレミヤも話しました。それで神はエレミヤを諸国民に対する,強力で恐れを知らない預言者にされました。(エレミヤ 1:6-10)ヨブも話しました。それでエホバはヨブが失ったものを十二分に補われました。(ヨブ 42:10-17)イエスも話されました。それでエホバは,イエスが立ち上がって犠牲の道を歩み続けることができるよう,イエスを強められました。―ルカ 22:44-46。
母を失い,父を失い,そしてボーイフレンドを失ったビンセンツァはその後どうなったでしょうか。彼女はこう言いました。「わたしは失うことがない人を見つけなければなりませんでした。わたしから決して離れないことが分かっている人を愛さなければなりませんでした。それで考えました。『それはもちろん神だわ。神はいつもいらっしゃる。神にわたしのお父さんになっていただかなければいけないわ。神は宇宙の創造者ですもの』と。わたしは祈りました。『エホバ,もしあなたが真の神であられ,宇宙の創造者であられるなら,わたしはあなたにお仕えしたい者の一人です。どうぞおいでになって,そのことをお知らせください』。後ほど,あるエホバの証人がわたしの家の戸口に来て,『ある方があなたを愛しているので,私はお宅に伺いました』と言いました」。ビンセンツァは勧めに応じて聖書研究を始めました。彼女はペテロ第一 5章7節の,「自分の思い煩いをすべて神にゆだねなさい。神はあなた方を顧みてくださるからです」という言葉に従うことを学んだのです。現在では,同じことをするよう他の人々に教えています。
それでは復習してみましょう。ストレスを完全に克服することはできません。しかし,ストレスを少なくすることや制御すること,思い煩いを神にゆだねることは学べます。そうすればストレスに負けることはありません。―詩編 55:22。