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アルデ聖書に対する洞察,第1巻
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アルデ
(Ard)
『エジプトに入ったヤコブの家の魂七十人』の一人。(創 46:21,27)創世記の記述ではベニヤミンの子と呼ばれていますが,民数記 26章40節に照らしてみると,それは多分「孫」という意味のようです。もしそうだとすれば,多分歴代第一 8章3節のアッダルとも同一人物だったと思われます。
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ベニヤミン聖書に対する洞察,第2巻
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ベニヤミンに関して,その誕生の時から,兄のヨセフがエジプトに売られて奴隷になった後までのことはそれ以上何も述べられていません。ベニヤミンはヤコブが愛する妻ラケルによってもうけた一番年下の子だったので(創 44:20),明らかに父親から深い愛情を注がれました。ヤコブはヨセフが死んだものと思い込んだため,特にそうでした。ですから,ヤコブはベニヤミンをその兄弟たちと一緒にエジプトへ行かせることを極端なまでに嫌がり,色々と説得されてやっと行かせました。(創 42:36-38; 43:8-14)その時,ユダがベニヤミンのことを「子」と呼んでいますが,ベニヤミンは当時,すでに若者だったということは注目すべき点です。創世記 46章8,21節の記録によれば,ヤコブがエジプトに居を定めた時,ベニヤミンは幾人かの子供の父であったことが分かります。それでも,ベニヤミンはヤコブの愛した「その老年の子」で,その年老いた親は様々な点でベニヤミンを頼りにしていました。(創 44:20-22,29-34)ヨセフもこの弟に対して深い愛情を表わしました。―創 43:29-31,34。
ベニヤミンの子孫の系図は数か所に載せられており,その中のある系図は他のものより完ぺきであると思われます。創世記 46章21節には「ベニヤミンの子」として10人が記載されていますが,その後の系図にはそのうちの幾人かの名前が載っていないため,何人かの息子たちは幼くして死んだか,家系を継ぐ子がなかったのであろうと考える人もいます。それらの一覧表の名前の綴りには幾らか異形があるようです。(エヒ,アヒラム,アフラハと比較。)また,創世記 46章21節に記載されている人々の中にはただ子孫にすぎない人々も含まれているのかもしれません。(民 26:38-40; 代一 7:6; 8:1)ベニヤミンが当時までに多数の息子や孫まで持っていたはずはないと反論してきた人たちもいます。しかし,それらの息子や孫が「ヤコブのもとに来てエジプトに入った魂」の中に含められているからといって,彼らが実際にエジプトに入る以前に生まれていたはずだとは必ずしも言えないことを念頭に置くべきです。それらの人たちはヤコブが亡くなる前にエジプトに住んだ17年の期間中に生まれたので,「エジプトに入った」と言われているのかもしれません。それは,エジプトで生まれた,ヨセフの二人の息子が,「ヤコブの家の魂でエジプトに入った者」の中に列挙されているのと全く同じです。(創 46:26,27)父親が死んだ時,ベニヤミンは40代だったようですから,十分孫を持てる年齢に達していました。
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系図聖書に対する洞察,第1巻
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親族関係の確認 親族関係を確定するには,文脈を考慮したり,類似する一覧表や聖書の別の箇所の聖句と比較したりすることがしばしば必要です。例えば,「子」が実際には孫であったり,単に子孫であったりします。(マタ 1:1)さらに,名前の一覧表が兄弟たち,つまり一人の人の息子たちの名簿のように見えることもあります。しかし,もっと注意深く観察し,他の聖句と比較してみると,その一覧表は幾人かの息子や孫,もしくはもっと後代の子孫の名を挙げた系図上の家系の名簿であることが分かるかもしれません。民数記 26章38-40節と比較してみると分かるように,創世記 46章21節にはベニヤミンの息子や孫たちが両方とも「子」として記載されています。
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ゲラ,I聖書に対する洞察,第1巻
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1. ベニヤミンの長子ベラの子。(代一 8:1,3)ゲラの名前を挙げている創世記 46章21節の「子」という呼称には,孫も含まれているようです。
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