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  • アバ
    聖書に対する洞察,第1巻
    • アッバーという言葉は西暦紀元の初期の何世紀かの間にユダヤ人のラビの名誉称号として用いられるようになり,バビロニア・タルムードの中にもそのような意味で出て来ています。(ベラホット 16b)ユダヤ人のサンヘドリンで副議長を務めていた人は,すでにアーヴ,すなわち「サンヘドリンの父」という称号を持っていました。後代になって,その称号はコプト教会,エチオピア教会,およびシリア教会の主教を指して用いられ,特にアレクサンドリアの主教の称号となり,それにより主教は東方教会のその地域の「パパ」または「ポープ」(総主教,カトリックでは教皇)となりました。英語の“abbot”(大修道院長)および“abbey”(大修道院)は両方ともアラム語のアッバーから派生したものです。ラテン語ウルガタ訳の翻訳者ヒエロニムスは,当時のカトリック教会の修道士に「アボット」という称号を使うことに反対しました。もしその称号を使うとすれば,マタイ 23章9節の「また,地上のだれをも父と呼んではなりません。あなた方の父はただ一人,天におられる方だからです」というイエスの指示に反するというのが,その根拠でした。

  • 父
    聖書に対する洞察,第2巻
    • 「父」という語を形式的な,もしくは宗教的な称号として人に当てはめることはイエスにより禁じられました。(マタ 23:9)パウロはあるクリスチャンたちに良いたよりをもたらし,彼らを霊的に養ったので,その人々にとっては父親のようでした。しかし,「父親」という語が宗教的な称号としてパウロに当てはめられている聖句は一つもありません。(コリ一 4:14,15)パウロはテサロニケのクリスチャンとの関係で自分を父親と母親の両方に例えました。(テサ一 2:7,11)ルカ 16章24,30節では「父アブラハム」という呼び方がされていますが,これは基本的には血のつながった祖先という意味の言及です。

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