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「あらゆる国民」に証しするものみの塔 1994 | 8月15日
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「あらゆる国民」に証しする
「王国のこの良いたよりは,あらゆる国民に対する証しのために,人の住む全地で宣べ伝えられるでしょう。それから終わりが来るのです」― マタイ 24:14。
1 マタイ 24章14節に記されているイエスの言葉は,イエスの追随者たちにとってなぜ驚きでしたか。
上記のイエスの言葉は,イエスのユダヤ人の弟子たちにとって大きな驚きであったに違いありません。神聖なものとされているユダヤ人が,「汚れている」異邦人,つまり「諸国の人々」に話をするために出向くというのは,ユダヤ人にとって性に合わないことであり,考えるだけでも嫌なことでした。a 実際,良心的なユダヤ人は,異邦人の家に入ることなど考えませんでした。それら弟子となっていたユダヤ人たちには,イエスとその愛,またその任務について,学ぶべきことがまだまだ沢山ありました。エホバの公平という特質についても,まだ学ばねばならないことが多かったのです。―使徒 10:28,34,35,45。
2 (イ)エホバの証人の宣教はどれほど広範に行なわれていますか。(ロ)エホバの証人の進歩には,どんな三つの基本的要素が寄与していますか。
2 エホバの証人は良いたよりを,現代のイスラエルを含む諸国民の間で宣べ伝えてきました。そして今や,かつてなく多くの国においてふれ告げています。1994年の現在,およそ230の国や地域で450万人を上回るエホバの証人が宣べ伝えています。彼らは約450万件の,関心を持つ人々との家庭聖書研究を司会しています。この業は,世界中で偏見を示されながらも行なわれています。そうした偏見は,多くの場合,エホバの証人の教えや動機に関する無知に根ざしています。初期クリスチャンに関し,「実際この派について,いたるところで反対が唱えられていることは,わたしたちの知るところだ」ということが言われましたが,エホバの証人に関しても同じことが言われる場合があります。(使徒 28:22)では,エホバの証人が宣教に成功している理由はどこにあると言えるでしょうか。彼らの進歩に寄与している要素は,少なくとも三つあります。すなわち,エホバの霊の導きに従っていること,キリストの実際的な方法に見倣っていること,および音信を効果的に伝えるための適切な道具を用いていることです。
エホバの霊と良いたより
3 わたしたちが,成し遂げられてきた事柄を誇ることができないのはなぜですか。
3 エホバの証人は自分たちの成功を,あたかも自分たちに何か特別の能力があって成功したかのように誇っているでしょうか。いいえ,そのようなことはありません。なぜなら,「自分に割り当てられた事を全部したときには,『わたしたちは何の役にも立たない奴隷です。わたしたちのしたことは,当然すべきことでした』と言いなさい」というイエスの言葉が当てはまるからです。エホバの証人は,献身しバプテスマを受けたクリスチャンとして,自分の個人的な状況がどうあろうと,神に仕える責任を自発的に受け入れてきました。人によっては,それが宣教者としての,あるいは支部の事務所やキリスト教の出版物を印刷する施設で自発的に働く者としての全時間奉仕を意味する場合もあれば,そのような進んで物事を行なうクリスチャンの精神に促されて,宗教的建造物の建設工事に携わったり,開拓奉仕者として全時間を宣べ伝える業にささげたり,地元の会衆で良いたよりの伝道者として一部の時間を宣べ伝える業にささげたりする場合があります。だれも自分の務め,すなわち「当然すべきこと」を行なったからといって,正当に自慢することはできません。―ルカ 17:10。コリント第一 9:16。
4 クリスチャン宣教は世界中で反対に遭いましたが,そうした反対はどのようにして克服されましたか。
4 わたしたちが収めるどんな成功も,エホバの霊,つまり活動する力のおかげであると言えます。次の言葉は預言者ゼカリヤの時代と同様,今日でも当を得ています。「これはゼルバベルに対するエホバの言葉である。こう言われた。『軍勢によらず,力にもよらず,ただわたしの霊による』と,万軍のエホバは言った」。例えば,エホバの証人は世界中で反対を克服しながら宣べ伝える業を行なってきましたが,それは人間的な努力によるのではなく,エホバの導きと保護によるのです。―ゼカリヤ 4:6。
5 エホバは王国の音信を広く伝える点でどんな役割を演じておられますか。
5 王国の音信に良い反応を示す人たちについて,イエスはこう言われました。「預言者たちの中に,『そして彼らは皆エホバに教えられるであろう』と書いてあります。父から聞いて学んだ者は皆わたしのもとに来ます。……父にそれを許していただいたのでない限り,だれもわたしのもとに来ることはでき(ません)」。(ヨハネ 6:45,65)エホバは心と思いを読むことがおできになり,ご自分の愛にこたえ応じる可能性のある人たちを,たとえ当人がまだエホバを知らないとしても,知っておられます。エホバはまた,この類例のない宣教を導くためにご自分のみ使いたちを用いておられます。み使いが関与している様子をヨハネが幻の中で見,次のように書いたのはそのためです。「わたしは別のみ使いが中天を飛んでいるのを見た。彼は,地に住む者たちに,またあらゆる国民・部族・国語・民に喜ばしいおとずれとして宣明する永遠の良いたよりを携えて(いた)」― 啓示 14:6。
霊的な必要を自覚している
6 人が良いたよりにこたえ応じるには,当人にどんな基本的な態度が必要ですか。
6 エホバが人に良いたよりを受け入れる機会をお与えになることにはもう一つの要素が関係しており,イエスはそれをこう言い表わしておられます。「自分の霊的な必要を自覚している人たちは幸いです。天の王国はその人たちのものだからです」。(マタイ 5:3)自分に満足している人,すなわち真理を探し求めていない人は,霊的な必要を自覚するようにはなりません。そのような人は物事を物質的,肉的な見地からしか考えません。自己満足は障害となります。ですから,わたしたちは,家から家へと訪ねる時に会う人の多くが音信を拒絶する場合,彼らがなぜそのように反応するのか,その様々な理由をすべて考慮に入れなければなりません。
7 多くの人は,なぜ真理に良い反応を示しませんか。
7 多くの人は自分の受け継いだ宗教に固執しているため聴くことを拒み,話し合いに応じようとしません。一方,自分の個性に合った宗教に心を引かれる人たちもいます。神秘主義を好む人もいれば,主情主義に好意的な反応を示す人もおり,さらには自分の教会での社交的な活動を求める人もいます。今日の多くの人は,神の規準に反する生活様式を選んできました。もしかしたら不道徳な生活をしているので,「興味がない」と言うのかもしれません。また中には,自分は教育があり,科学的な考え方に従うと称し,聖書を余りにも単純であるとして退ける人もいます。―コリント第一 6:9-11。コリント第二 4:3,4。
8 わたしたちは拒絶されるとしても,なぜ熱意を弱まらせるべきではありませんか。(ヨハネ 15:18-20)
8 わたしたちは大多数の人から拒絶されるからといって,自分の信仰や,人の命を救う宣教に携わる熱意を弱まらせてもよいでしょうか。わたしたちはパウロがローマ人に書き送った次の言葉から慰めを得ることができます。「では,実情はどうなのですか。ある者が信仰を表わさなかったとすれば,その信仰の欠如が,神の忠実さを無力にでもするのでしょうか。断じてそのようなことはないように! むしろ,すべての人が偽り者であったとしても,神は真実であることが知られるように。『あなたが言葉において義なることが証明され,裁かれる際には勝つため』と書かれているとおりです」― ローマ 3:3,4。
9,10 多くの国や地域で反対が克服されてきたことを示すどんな証拠がありますか。
9 ある国々では良い反応がほとんどないように思えたにもかかわらず,後に全くその逆であることが明らかになっており,わたしたちは世界中のそうした多くの実例から励みを得ることができます。エホバとみ使いたちは,見いだされるべき良い心の持ち主がいることを知っていました。しかし,エホバの証人は粘り強くなければならず,宣教において耐え忍ばなければなりませんでした。例えば,50年前にはカトリック教会の体制が打ち勝ちがたい障害であるように思えた国が幾つもありました。アイルランド,アルゼンチン,イタリア,コロンビア,スペイン,ブラジル,ポルトガル,メキシコのことを考えてみてください。1943年当時エホバの証人はまだ少なく,全世界に12万6,000人を数えるにすぎず,そのうちの7万2,000人は米国にいました。証人たちに対する無知や偏見は,打破しがたい障壁のように思われました。それでも,今日,宣べ伝える業における最良の成果の幾つかは,それらの国で得られているのです。同じことは,元共産主義国であった多くの国々についても言えます。1993年に,ウクライナのキエフで開かれた大会で7,402人がバプテスマを受けたことなどはその証拠です。
10 エホバの証人は,隣人に良いたよりを伝えるためにどんな方法を用いてきたでしょうか。一部で言われているように,物質的な誘因となるものを用いて転向者を獲得してきましたか。また,ある人々が主張しているように,貧しい人々や教育のない人々だけを訪問してきましたか。
良いたよりを伝える,成功を収めている方法
11 イエスは宣教に関してどんな立派な手本を残されましたか。(ヨハネ 4:6-26をご覧ください。)
11 イエスとその弟子たちは,エホバの証人が今日,弟子を作る業において見倣っている型を確立しました。イエスは,人々が富んでいるか貧しいかにかかわらず,どこでも人々のいる所に出向かれました。人々の家に,公共広場に,湖のほとりに,また会堂にさえ行かれたのです。―マタイ 5:1,2; 8:14。マルコ 1:16。ルカ 4:15。
12,13 (イ)パウロはどのようにクリスチャンの見倣うべき型を残しましたか。(ロ)エホバの証人はどのようにパウロの模範に倣っていますか。
12 使徒パウロは自分の宣教に関して正当に次のように言うことができました。「アジア地区に足を踏み入れた最初の日からわたしがどのようにあなた方と終始一緒にいたか,あなた方はよく知っています。……主のために奴隷として仕えました。同時にわたしは,何でも益になることをあなた方に話し,また公にも家から家にもあなた方を教えることを差し控えたりはしませんでした」― 使徒 20:18-20。
13 エホバの証人は,家から家の宣教という使徒たちの残した型に見倣っていることで世界中に知られています。エホバの証人は,経費がかかるばかりか,深みがなく,人間的な温かさに欠けたテレビ伝道に専念するよりもむしろ,人々のもとへ,富んだ人のところにも貧しい人のところにも行き,一人一人にじかに会います。そして,努めて神について,また神の言葉について話し合うようにします。b 物質的な施し物を用いてライス・クリスチャンを作ろうなどとはしません。証人たちは,進んで推論する人たちに,人類の抱える諸問題の真の解決策は,この地上の状態を良い方向に変える神の王国による支配以外にないことを指摘します。―イザヤ 65:17,21-25。ペテロ第二 3:13。啓示 21:1-4。
14 (イ)多くの宣教者や開拓者はどのように堅い基礎を据えましたか。(ロ)わたしたちは日本のエホバの証人の経験から何を学びますか。
14 この業をできるだけ多くの土地において成し遂げるようにするため,宣教者や開拓者たちが多くの国に橋頭堡を築きました。彼らが基礎を据え,そのあと地元の証人たちが率先しました。ですから,宣べ伝える業を続け,業をよく組織された状態に保つのに,外国から来た証人たちが大勢とどまっている必要はありませんでした。その点で際立っているのは,日本の例です。1940年代の終わりに,おもにオーストラレーシアや英国からの宣教者たちがやって来て,日本語を勉強し,戦後のやや原始的な状態に順応し,家から家への証しの業を開始しました。第二次世界大戦中,日本のエホバの証人たちは禁令下にあり,迫害されていました。それで,宣教者たちが到着した時に,日本人の活発なエホバの証人はほんの一握りしかいませんでした。それが今日では,3,000以上の会衆に18万7,000人を超えるまでに増大しているのです。彼らの初期の成功の秘訣は何だったのでしょうか。日本で25年余り奉仕した経験を持つ,ある宣教者はこう述べました。「特に肝要なのは,人々と話し合えるようになることでした。わたしたちは彼らの言語を知ることにより,彼らの身になって考える,つまり彼らの生き方を理解し,その良さを認識することができました。わたしたちは日本人が大好きだということを示さなければなりませんでした。わたしたちは謙虚に,もちろん自分たちのキリスト教の価値規準を曲げることなく,地元の地域社会に溶け込むよう努力しました」。
クリスチャンとしての行状も証しとなる
15 エホバの証人はどのようにクリスチャンとしての行状を示してきましたか。
15 しかし,人々は聖書の音信だけに良い反応を示してきたわけではありません。人々は実践されているキリスト教をも目にしてきました。内戦や部族抗争や民族間の敵対関係といった最も試練となる状況のもとでも,エホバの証人の間には愛と調和と一致があるのを見てきたのです。エホバの証人は,どんな紛争の中でもクリスチャンの中立という明確な立場を保ち,イエスのこの言葉を成就してきました。「わたしはあなた方に新しいおきてを与えます。それは,あなた方が互いに愛し合うことです。つまり,わたしがあなた方を愛したとおりに,あなた方も互いを愛することです。あなた方の間に愛があれば,それによってすべての人は,あなた方がわたしの弟子であることを知るのです」― ヨハネ 13:34,35。
16 実際的なクリスチャン愛は,どんな経験に例証されていますか。
16 隣人愛は,ある年配の男性の場合に例証されました。この人は地元の新聞に「奇特なご夫妻」について投書しました。この男性の説明によると,近所に住むその夫婦は,この人の妻の死期が迫っていたころ,この人に親切にしていました。「妻が亡くなって以来,……そのご親切は普通を超えたものになっています」と,この人は書いています。「それ以来,お二人は私を“引き取り”,……あらゆる雑用を行ない,74歳の隠居の抱える様々な問題を解決するよう助けてくださっているのです。それだけでも普通では考えられないことなのに,さらに格別なのは,お二人が黒人で,私が白人だという点です。お二人はエホバの証人であり,私はカトリックくずれです」。
17 わたしたちはどんな歩み方を避けるべきですか。
17 この経験は,わたしたちが,日ごろの行状を含め,多くの方法で証しできることを例証しています。事実,行状がクリスチャンらしいものでないなら,宣教はパリサイ人的な,何の効果もないものとなるでしょう。イエスはある人々について,「彼らがあなた方に告げることはみな行ない,また守りなさい。しかし,その行ないに倣ってはなりません。彼らは言いはしますが,実行しないからです」と言われましたが,わたしたちはその人々のようになりたいとは思いません。―マタイ 22:37-39; 23:3。
奴隷級は適切な道具を供給する
18 わたしたちにとって,心の正直な人々を援助するうえで,聖書関係の文書はどのように役立っていますか。
18 良いたよりをあらゆる国民に宣べ伝える業においてもう一つの要素となっているのは,ものみの塔聖書冊子協会の出版する聖書関係の文書が入手しやすいことです。わたしたちには書籍,ブロシュアー,パンフレット,雑誌などがあり,誠実な動機で質問する人なら大抵だれでもそれらの出版物から満足のゆく答えを得ることができます。わたしたちは,もしイスラム教徒,ヒンズー教徒,仏教徒,道教徒,あるいはユダヤ教徒に出会ったなら,「神を探求する人類の歩み」という書籍か種々のパンフレットや小冊子を活用して会話を始め,もしかしたら聖書研究を始めることができるかもしれません。もし進化論者から創造について尋ねられたなら,「生命 ― どのようにして存在するようになったか 進化か,それとも創造か」という書籍を使えます。もし若い人から『人生の目的は何か』と尋ねられたなら,「若い人が尋ねる質問 ― 実際に役立つ答え」という本を調べてみるよう勧めることができます。もし個人的な問題 ― うつ病,疲労,強姦,離婚 ― で悩んでいる人がいるなら,わたしたちにはそうした事柄を実際的な方法で扱った雑誌があります。確かに,『時に応じて食物』を供給するであろうとイエスが預言された忠実な奴隷級は,その役目を果たしています。―マタイ 24:45-47。
19,20 アルバニアでの王国の業はどのように速度を増してきましたか。
19 とはいえ,諸国民に音信を伝えるためには,こうした文書を多くの言語で出版することが必要でした。聖書や聖書関係の文書を200以上の言語に翻訳することはどのようにして可能になったのでしょうか。一例としてアルバニアでのことを少し取り上げれば,忠実で思慮深い奴隷級が,数々の難しい問題に直面し,しかも種々の言語をすぐに使いこなせる現代版ペンテコステはなかったにもかかわらず,どのようにして良いたよりを推し進めることができたかが分かります。―使徒 2:1-11。
20 ほんの数年前には,アルバニアは依然としてただ一つの真に無神論を標榜する共産主義国とみなされていました。ナショナル・ジオグラフィック誌は1980年にこう述べました。「アルバニアは,1967年に自ら『世界で最初の無神論国家』であると宣言し,[宗教]を禁じている。……アルバニアの新しい世代は無神論しか知らない」。しかし共産主義が衰退した今,自分の霊的な必要を認めるアルバニア人は,エホバの証人の行なう宣べ伝える業に良い反応を示しています。1992年に,イタリア語や英語の知識を持った若いエホバの証人から成る小規模な翻訳チームがティラナに形成されました。他の土地からやって来た資格のある兄弟たちが彼らに,テキストをアルバニア語で入力するようラップトップのコンピューターを使うことを教えました。彼らはパンフレットや「ものみの塔」誌の翻訳を始めました。そして経験を積んで,他の貴重な聖書関係の出版物の翻訳に取り組んでいます。現在,その小さな国(人口326万2,000人)に200人ほどの活発なエホバの証人がおり,1994年の記念式には1,984人が出席しました。
わたしたちには責任がある
21 わたしたちはどんな期間に住んでいますか。
21 世界の出来事は最高潮に達しようとしています。世界は,犯罪や暴力行為が増加し,局地的な戦争で虐殺や強姦が行なわれ,一般に道徳観念が薄れ,その結果として性行為感染症が流行し,正当な権威に対して不敬な態度が示されており,無政府状態,統治不能な状態に陥りそうな様相を呈しています。わたしたちは,創世記の中で次のように描写されている大洪水前の時代と同様の期間にいます。「エホバは,人の悪が地にあふれ,その心の考えのすべての傾向が終始ただ悪に向かうのをご覧になった。そしてエホバは,地に人を造ったことで悔やみ,その心に痛みを覚えられた」― 創世記 6:5,6。マタイ 24:37-39。
22 エホバの証人には例外なく,クリスチャンとしてのどんな責任がありますか。
22 ノアの日の場合と同様,エホバは行動を起こされます。しかし,エホバはその公正と愛のゆえに,まず良いたよりと警告の音信があらゆる国民に宣べ伝えられることを望んでおられます。(マルコ 13:10)この点でエホバの証人には責任があります。神の平和を享受するに値する人たちを見いだし,彼らに神の平和の道を教えるという責任です。間もなく神の定めの時に,この宣べ伝える任務は首尾よく完遂されるでしょう。「それから終わりが来るのです」。―マタイ 10:12,13; 24:14; 28:19,20。
[脚注]
a 異邦人に関するさらに詳しい情報については,ものみの塔聖書冊子協会発行の「聖書に対する洞察」(英文),第2巻,472-474ページの「国民,諸国民」という題目の箇所をご覧ください。
b クリスチャン宣教に関する実際的な提案については,「ものみの塔」誌,1984年8月15日号,13ページの「効果的な奉仕者になる方法」,および19ページの「弟子を増やすことになる効果的な宣教」をご覧ください。
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「あらゆる国民」に証しするものみの塔 1994 | 8月15日
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[19ページの囲み記事]
国 1943年に活動していたエホバの証人 1993年
アイルランド 150人? 4,224人
アルゼンチン 374人 10万2,043人
イタリア 第二次世界大戦のため記録なし 20万1,440人
ウルグアイ 22人 9,144人
コロンビア ?? 6万854人
スペイン 活動の記録なし 9万7,595人
チリ 72人 4万4,668人
フィリピン 第二次世界大戦のため記録なし 11万6,576人
ブラジル 430人 36万6,297人
フランス 第二次世界大戦のため記録なし 12万2,254人
ベネズエラ 活動の記録なし 6万4,081人
ペルー 活動の記録なし 4万5,363人
ポーランド 第二次世界大戦のため記録なし 11万3,551人
ポルトガル 活動の記録なし 4万1,842人
メキシコ 1,565人 38万201人
[17ページの図版]
エホバの証人は,スペインなど,多くのカトリックの国で増加している
[18ページの図版]
エホバの証人は全地の諸国民の中で活動している
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