-
敬意聖書に対する洞察,第1巻
-
-
支配者や他の人々に対する敬意 行政上の高位者に誉れを帰す,もしくは敬意を示すのもふさわしいことです。クリスチャンがそのような敬意を示すのは,何らかの好意を得るためではなく,そうするのが神のご意志だからです。それらの人々は個人的には堕落している場合もあります。(ルカ 18:2-6; 使徒 24:24-27と比較。)しかし,それらの人々の職務が表わしている責任のある立場を尊ぶがゆえに敬意を示すのです。(ロマ 13:1,2,7; ペテ一 2:13,14)同様に,奴隷は自分の所有者を全く尊敬すべきものとみなし,自分に割り当てられた仕事を行なうべきであって,神のみ名に非難をもたらすいわれを与えるべきではありませんでした。―テモ一 6:1。
-
-
上位の権威聖書に対する洞察,第1巻
-
-
行政上の権威は,臣民の安全や治安,福祉を保証するための価値ある奉仕をするので,その奉仕の見返りとして税や貢ぎ物を受ける権利を有しています。行政上の権威は有益な奉仕を行なうという意味で「神の公僕」と呼ぶことができます。(ロマ 13:6,7)ユダヤ人がユダとエルサレムに戻って神殿を再建するのをキュロス王が可能にした時のように,そのような奉仕は時折,神の僕たちを直接助けてきました。(代二 36:22,23; エズ 1:1-4)多くの場合,そのような権威が正しく機能する時にすべての人にその益がもたらされることになります。それには,人が公正を求めて,訴えることのできる法制度の維持や犯罪や不法な暴徒からの保護なども含まれます。―フィリ 1:7; 使徒 21:30-32; 23:12-32。
-