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エホバによる救出を感謝するものみの塔 1972 | 8月15日
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体制の残りの部分に頼りつづける人たちには,次の警告に留意する時間はほとんど残されてはいません。「わが民よ,かれの罪に干らず,彼の苦難を共に受けざらんため,その中を出でよ」。(黙示 18:4)そうです,今日,次のパウロのことばは当時よりもなおいっそう緊急なものとなっています。視よ今は恵のとき,視よ今は救の日なり」― コリント後 6:2。
18 どうすればエホバによる救出とその過分の親切とに対する感謝をエホバに表わせるかを要約しなさい。
18 エホバによる救出の目的を逸してはいないことを示してください。常にエホバの新しい事物の体制に対する正しい精神的態度を表わしてください。(マタイ 6:33)エホバの王国とその正しい新しい体制に対して積極的であってください。エホバ神とその祝福に対する心からの愛を行動によって,特にクリスチャンの奉仕の務めに定期的に参加することによって示してください。(ペテロ前 1:13)エホバよりも物質上のものや,この古い体制を愛する人たちとの悪い交わりを断ってください。(テモテ後 3:5)エホバ神に信頼してください。王国の関心事を生活の中で第一にしつつ,生活の必要物についてはエホバに頼ってください。(テモテ前 6:6-8)あなたの信頼をわざをもって裏づけてください。(ヤコブ 2:26)そして,霊的な事がらに対するいっそう深い認識を培い,それら霊的な物事を生活上の物質的価値に優先させてください。(ペテロ後 1:5-8)サタンの組織における昇進よりもむしろエホバの組織内のいっそう大きな奉仕の特権を得るよう努めてください。確かにわたしたちは,わたしたちの神エホバを知って仕え,真の崇拝を促進する,人類史上きわめてすばらしい時代に生きています。わたしたちはみなパウロの次の助言を認識し,それに基づいて行動できますように。わたしたちはまた……あなたがたに懇願します。神の過分の親切を受け入れながら,その目的を逸することがないようにしなさい」― コリント後 6:1,新。
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神の忍耐を試みすぎてはならないものみの塔 1972 | 8月15日
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神の忍耐を試みすぎてはならない
1,2 神から責任を問われると嘲笑者は何と言いますか。しかし,彼らは何を見過ごしていますか。
使徒ペテロは,神聖な制約に拘束されない自分勝手な生活をしたいと考える人たちに対する答えを提供しました。それらの人は,神が世に対してそのわざの責任を問うわけがないとして,こう言います。「主の来りたまふ[つまりエホバの『日』の]約束は何処にありや,先祖たちの眠りしのち万のもの開闢の初と等しくして変らざるなり」。つまり,「神は死んだ」と言います。
2 ペテロはそのような人たちについて言いました。「彼らは殊更に次の事を知らざるなり,即ち古へ神の言によりて天あり,地は水より出で水によりて成立ちしが[つまり,乾いた土地は海面以上に高く位置し,地球の大気圏には水蒸気の重い天がいがあった],その時の世は之により水に淹れて滅びたり」。
3 ペテロは,神の処置が一見おそく思えることに対してどんな理由を述べていますか。
3 次いで使徒はこの実例を現在の事物の体制のきたるべき滅びにあてはめて,それが一見おそいように思える理由をこう述べています。「〔エホバ〕
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