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「互いの間で平和を保ちなさい」ものみの塔 1977 | 11月15日
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が思いや態度において幼子のように謙そんであれば,互いの関係は穏やかさを帯びてきます。自己中心的な対抗意識や,激烈な競争のないところには,神経を和らげ落ち着かせるふんいきが生まれます。もしわたしたちが,ごく目立たない仕事を行なってでも奉仕する気持ちまた用意があるなら,わたしたちはその通りに他の人々の必要に,また他の人々を元気づけるために,仕えることができます。それは全会衆を築き上げかつ強めて,良い仕事を積極的に行なう方向に動かします。
22 「互いの間で平和を保つ」ようにさせる強力な要素は何ですか。
22 こうして,最も若い人だけでなく,非常なはにかみ屋の人,あるいは聖書の真理を学ぶ点で,またクリスチャンとしての経験を積む面で遅れている人々も大目に見られ,「[キリストの]名によって」会衆の胸に温かく抱擁されます。そのような環境の会衆には,主なる神エホバの霊が満ち渡ります。それは会衆の成員が『互いの間で平和を保つ』のを助ける強力な要素です。結果として兄弟の一致が生まれます。
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「あなたがた自身の中に塩を持ちなさい」ものみの塔 1977 | 11月15日
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「あなたがた自身の中に塩を持ちなさい」
1 わたしたちは自分の「ことば」を何で味つけすべきですか。なぜですか。
有機的に働く,植物中に含まれている種類の塩は,人体の健康に非常に重要なものです。神の崇拝者の組織体の健康にとっても欠くことのできない重要な塩があります。このことと一致しているのは,一世紀のクリスチャン会衆の霊的健康の主要な管理者の一人,すなわち使徒パウロの助言です。彼は直接にはまだ知り合っていなかったある会衆に書き送った手紙の中で,次のように述べています。「あなたがたの発することばを常に慈しみのあるもの,塩で味つけられたものとし,ひとりひとりにどのように答えるべきかがわかるようにしなさい」― コロサイ 4:6。
2 「ある人」がイエスの名を使って悪霊を追い出すのをとどめようとした使徒たちについて,どんな疑問が生じますか。
2 そこでわたしたちは考えます。使徒ヨハネがその師イエス・キリストの注意を引いたときに人々の言ったことは,どれほどその「塩」で味つけられていただろうかと。このことについては次のように書かれています。「師よ,わたしたちは,ある人があなたの名を使って悪霊たちを追い出しているのを見ましたので,それをとどめようとしました。彼はわたしたちといっしょに従って来ないからです」― マルコ 9:38。
3,4 (イ)ヨハネはその時何を期待していたようですか。なぜですか。(ロ)ヨハネの説明にはどんな利己的な要素が見られましたか。それはその問題に対するヨハネの見方について何を暗示していますか。
3 この言葉は,ヨハネが,彼らにクリスチャンの道を教えていた師からおほめの言葉を,よく
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