ものみの塔 オンライン・ライブラリー
ものみの塔
オンライン・ライブラリー
日本語
  • 聖書
  • 出版物
  • 集会
  • 目71 10/22 26–27ページ
  • 不信者の親のもとにあっても,忠実を保ってエホバを賛美する若い人たち

視聴できるビデオはありません。

申し訳ありません,ビデオをロード中にエラーが発生しました。

  • 不信者の親のもとにあっても,忠実を保ってエホバを賛美する若い人たち
  • 目ざめよ! 1971
目ざめよ! 1971
目71 10/22 26–27ページ

不信者の親のもとにあっても,忠実を保ってエホバを賛美する若い人たち

学校の生徒でさえ聖書の真理を受け入れると,親の反対をもものともせずにそれをしっかりと守るほどになる場合があります。ハイチの一巡回監督奉仕者はこのことを証明する次のような経験を報告しました。「真理に関心を持っていたある少女は学校の休暇中にエホバの証人の助けを受けて聖書研究を始めました。カトリック信者である両親は,カトリック教会が唯一の真の教会であり,他の教会には真理はないと言って,その聖書研究に激しく反対しました。少女は真理を擁護し,両親の言ったことはキリスト教以外の宗教,もしくは真の宗教に関するかぎりは正しいと言いました。すると両親は,『どの宗教団体も自分の宗教は真の宗教であると主張している以上,どうして真の宗教を見分けることができるのですか』と言いました。少女は,真の宗教は聖書に示されている原則に一致して生活する,その信者の道徳的な行ないによって見分けられると答えました。すると両親は,エホバの証人が真理を持っており,その道徳的な行ないが他のすべての宗教の信者のものとは違うことを示しなさいと少女に言いました。少女は,『宗教はあなたの生活を導くものですか』と題する講演に両親を招き,親が自分自身でその点を確められるようにしました。両親は出席することは約束したものの,その目的はエホバの証人のあらをさがして批判し,証人たちが真のクリスチャンでないことを思い知らせてやろうということでしかありませんでした。ふたりは出席しましたが,若い人たちに対して,また既婚者には子どもに対する責任について助言したりするのを注意深く聞いていくにつれ,聞いた事柄に驚嘆して口をつぐんでしまいました。講演が終わったあと,少女は巧みに両親に話しかけ,話の内容,特に若い人々に対して与えられた助言についてふたりの意見を求めました。ふたりは,若者にもおとなにも与えられたそうした適切な助言はそれまでに一度も聞いたことがないと言いました。事実,両親は少女にこう言いました。『おまえが新たに奉じたのは良いものだ。おまえは正しい道を進んでいる。これはわたしたちが信頼するに足る知的な人たちの社会だ。確かにこの宗教は若い人々が純潔を守るのを助けうる唯一の宗教だから,増大する不道徳の洪水を前にして,すべての親は子どもたちがこの宗教に従うよう励ますべきだと思う』。ふたりは娘にさらにこう言いました。『おまえがこの宗教に従うことについてはもう反対しない。なぜなら,これは真の宗教だからだ』。少女の喜びが想像できますか。彼女はその週,巡回奉仕者とともに野外奉仕をして10時間を費やし,なんの問題もなくすべての集会に出席できるようになったのです。このように,良い行ないをもって聖書の真理を伝道し,人に勧めるならば,年若い人でさえ真理を確信することができます。その少女は信仰の面で引き続き進歩し,次の大会でバプテスマを受ける予定で,今ではたいへん熱心な伝道者のひとりとなっています」。

次にガーナでの経験を紹介しましょう。ガーナで開かれたエホバの証人の地域大会の演壇に初めて立ったある男の人はこう語りました。「わたしはこれまでの人生を世の人々と同様の仕方で送り,世の快楽にふけり,数々の罪を犯しました」。7年ほど前,その人は妻のもとを去って自分の母親の家で暮らしました。妻がエホバの証人になり,「7人の子どもを連れて本を売り歩いている」と聞くと,彼はいっそう苦々しい態度を取るようになりました。子どもたちがその父親を尋ねて証言しようとさえしましたが,妻が子どもをよこしたのだと考えて耳を傾けようとしませんでした。

彼はこう語りました。「1966年のある日曜日の朝早く,8歳になる一番末の子どもがわたしと母に話をするためにやって来ました。神が生きておられることについてむすこが聖書から簡単に話してくれたのをわたしは決して忘れられません。その簡潔で誠実な証言はわたしの理性をめざめさせました。わたしは当時カトリック教会の会員で,聖歌隊副指揮者,聖体協会の幹事,およびサン・ビンセント・ド・ポール協会の副会長を務めていました。聖書は読んでいませんでしたし,そうするよう教会から勧められたことは一度もありませんでした。ところがどうでしょう。その末の子がこのわたしの面前で,わたしがその子に教えられるはずの事柄を説明したのです」。彼のむすこB君はその訪問ののち再び尋ねて父親を地域大会に招待しました。大会に出席した父親はエホバの証人から示された親しい態度や親切に驚き,かつ喜びました。劇や話を注意深く見聞きする際には,幾人ものエホバの証人が聖句を見つけるのを助けました。妻の忍耐と寛容な態度や,むすこの証言が貴重な励ましとなったことに対して妻子をほめたのち(マタイ 21:16),彼はこう結びました。「その後二つの大会に出席したあと,わたしは妻のもとに戻って和解を求め,妻は応じてくれました。それから,妻と長男がわたしとの聖書研究を忠実に行なってくれ,わたしは伝道者になりました。わたしはこの大会(1968年)でバプテスマを受けましたので,9人の伝道者からなる神権的で幸福な家族の頭として自分の責任を今や完全にになえるようになりました」。

家庭聖書研究を司会する際,子どもたちを過小評価したり無視したりしてはなりません。子どもたちは親が真理を認識するのを助ける手だてになる場合がしばしばあるからです。マラウイのひとりの若い婦人とある期間家庭聖書研究が行なわれましたが,その研究はみのりそうにもないように思われました。その後,彼女の4歳と3歳の子どもふたりとも失楽園から復楽園までと題する本を使っての聖書研究が始められました。母親はそのふたりをベッドに入れて寝せると,眠りにつくまでの間,4歳の女の子が聖書研究で習った事柄をたんねんに復習して弟に説明しているのをよく耳にしました。女の子は質問をし,弟がまちがって答えると,それをなおして正しい答えを説明しました。その女の子はまた,神の家をなおざりにしてはならないことを理解するようになり,日曜日になるたびに,きょうは集会へ行く日ですと言って母親に思い起こさせました。こうして大いに助けられ励まされた母親は,今ではいっそう定期的に集会に出席するようになりました。

分裂した家庭にあっては,確固とした態度や決意のほどを示さねばならない場合がしばしばあります。モントセラット島に住む,3人の子どもを持つあるエホバの証人は,メソジスト教会にはいるよう親族からひそかに圧力を受けていた夫の反対を受けていました。夫は,子どもをエホバの証人の会衆の集会に連れて行くことで妻を非難しました。4月にこの島で巡回大会が開かれたとき,夫は妻子の出席を禁じました。ひとりの子どもは大会のプログラムの一部に出ることになっていたので,子どもたちはがっかりしました。大会に行く時間が近づくにつれ,父親は子どもたちがたいへん心配している様子に気づきました。それで,なぜ出席したいのか,また集会で何を学んだかを子どもたちひとりひとりに尋ねました。9歳の子どもは創造に関する聖書の記録全部を話し,最後に火の池について説明しました。その家族が大会へ行けるかどうかを確かめるため監督奉仕者が尋ねたところ,夫はいっしょに行って「何が行なわれているかを見る」ために急いで身じたくをしました。その晩の巡回大会のプログラムは「若い人たちのための健全な霊的遺産」という主題のもとに行なわれました。その後彼は妻に「証人たちは確かにおまえに子どもの育て方を教えてくれているのだね」と言いました。翌週,おじが,なぜ子どもたちをメソジスト教会に連れてこなかったかと彼に尋ねました。すると,4歳の女の子が大きな声で,「パパ,パパは教会じゃなくって,エホバにはいりたいのよ」と言いました。夫は家族といっしょにエホバの証人の会衆の集会に出席することに同意し,11歳の娘が集会で行なったりっぱな注解に深い感銘を受けました。家に帰ると,彼は娘の発音を直しはじめ,家族といっしょに会衆の書籍研究に出席できるよう,「神の自由の子となって受ける永遠の生命」と題する本を求めさえしました。家族全員にとってたいへんうれしいことに,会衆の監督が夫と家庭聖書研究を定期的に司会しています。機敏な子どもたちは不信者の親を励ますのに多くを行なえます。

    日本語出版物(1954-2026)
    ログアウト
    ログイン
    • 日本語
    • シェアする
    • 設定
    • Copyright © 2025 Watch Tower Bible and Tract Society of Pennsylvania
    • 利用規約
    • プライバシーに関する方針
    • プライバシー設定
    • JW.ORG
    • ログイン
    シェアする