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地獄聖書から論じる
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恐怖に満ちた場所として描かれており,強大な力を持つ,どう猛な神々や悪霊によって支配されて」いました。(「バビロニアとアッシリアの宗教」,ボストン,1898年,モリス・ジャストロー2世,581ページ)キリスト教世界の地獄の燃える火のことを示す初期の証拠は,古代エジプトの宗教に見いだされます。(「死者の書」,ニュー・ハイド・パーク,ニューヨーク,1960年,E・A・ウォリス・バッジによる序文付き。144,149,151,153,161ページ)西暦前6世紀の昔にさかのぼる仏教もやがて,熱い地獄と冷たい地獄の両方がその教えの特色となりました。(アメリカーナ百科事典,1977年版,第14巻,68ページ)イタリアのカトリック教会の絵画に見られる地獄の光景の図の由来は,エトルリアにまでさかのぼります。―「エトルリア文明」(ミラノ,1979年),ウェルネル・ケラー,389ページ。
しかし,神を辱めるこの教理の真の根源は,もっと奥深いところに達しています。責め苦を伴う地獄と結びつけられている悪鬼的な概念は神を中傷するものであって,この概念は神の主要な中傷者(英語で「中傷者」という意味の名称である悪魔<デビル>と呼ばれる者),つまりイエス・キリストにより「偽りの父」と呼ばれた者から生じました。―ヨハネ 8:44。
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使徒承伝聖書から論じる
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使徒承伝
定義: 十二使徒には,神からの任命によって権威を譲与されてきた後継者たちがいるという教理です。ローマ・カトリック教会では司教たちの一団が使徒たちの後継者とされており,法王はペテロの後継者であると言われています。ローマの教皇たちはペテロの直系で,ペテロの地位を占め,その役目を果たす者であると唱えられており,キリストがそのペテロに全教会に対する首位権を与えられたと言われています。聖書の教えではありません。
ペテロは教会を建てる土台となった「岩」でしたか
マタイ 16:18,フランシスコ: 「それでは,わたしもあなたに言う。あなたはペトロである。わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てよう。よみの国の門も,これに勝つことはできない」。(この文脈[13,20節]ではイエスの実体が論議の中心となっていることに注目してください。)
使徒であったペテロとパウロは,「岩」や「すみの親石」がだれを表わしていると理解していましたか
使徒 4:8-11,フランシスコ: 「ペトロは聖霊に満たされて答えた。『民の指導者ならびに長老の皆さん……この人が元気になって,あなたがたの前に立っているのは,あなたがたが十字架につけ,神が死者のうちから復活させたナザレのイエズス・キリストの名によるのであります。このイエズスこそ,「家造り人であるあなたがたに捨てられたが,すみの親石[「隅石」,新ア]となった石」です』」。
ペテロ第一 2:4-8,フランシスコ: 「この主[イエズス・キリスト]に近づいて,あなたがたもまた,生きた石として,霊に満たされた家に築きあげられます。……聖書にこう書かれています。『見よ,わたしはシオンに石をすえる,選ばれた尊いすみの親石を。これに信頼する者は,けっして恥をかくことがない』。この石は,信じているあなたがたには誉れですが,信じない者には,『家を建てる人たちが捨てた石,それがすみの親石となり』,また,『つまずきの石,さまたげの岩』ともなりました」。
エフェソス 2:20,フランシスコ: 「あなたがたは使徒と預言者という土台の上に,キリスト・イエズスご自身を要石として築きあげられたのです」。
アウグスティヌス(カトリック教会により聖人とみなされた)はどんなことを信じていましたか
「司祭職にあったこの同じ時期に,わたしもまたドナツスの手紙に反論する1冊の本を書いた。……その本のある箇所で,わたしは使徒ペテロについて,『教会は岩の上に建てられるように彼の上に建てられた』と述べた。……しかし後日,『汝はペテロなり,我この磐の上に我が教会を建てん』と言われた主の言葉を,ペテロが『汝はキリスト,生ける神の子なり』と告白したその方の上に教会が建てられたと解すべきであると,わたしはしばしば説明したことを知っている。それで,この岩にちなんで呼ばれたペテロは,この岩の上に建てられている教会という存在を代表していたのであり,『天の王国のかぎ』を受けているのである。というのは,彼に対して『汝はペテロなり』と言われたが,『汝は磐なり』とは言われなかったからである。しかし,『磐はキリストであった』。シモンはこのキリストについて,全教会が行なうように,告白した時,ペテロと呼ばれたのである」―「教会の教父たち ― 聖アウグスティヌス,撤回」(ワシントン特別区,1968年),メアリー・I・ボーガン訳,第1巻,90ページ,英文。
ほかの使徒たちはペテロを自分たちの中で首位に立つ者と考えましたか
ルカ 22:24-26,フランシスコ: 「弟子[使徒]たちの間に,自分たちのうちでだれがいちばん偉いかという議論が起こった。そこでイエズスは仰せになった。『国々の王たちはその国民に対して主権をほしいままにし,また,国民の上に権力を振るう人々は恩人と呼ばれているが,あなたたちはそうあってはならない』」。(もしペテロが「岩」だったなら,使徒たちのうちだれが「いちばん偉いか」という問題が生じたでしょうか。)
会衆の頭であられるイエス・キリストが生きておられる以上,後継者が必要ですか
ヘブライ 7:23-25,フランシスコ: 「また,[イスラエルの]祭司たちの場合には,死というものがあるので,務めを続けることができませんでした。それで数多くの祭司たちが代々立てられました。しかし,イエズスは永遠に生きておられるので,変わることのない祭司職を持っておられます。それゆえ,イエズスは,常に生きて,人々のために神に執り成しをしておられるので,ご自分を通して神に近づく者を,完全に救うことがおできになります」。
ローマ 6:9,フランシスコ: 「死者のうちから復活させられたキリストは,もはや死ぬことがないと,わたしたちは知っています」。
エフェソス 5:23,フランシスコ: 「キリスト(は)教会の『頭』(である)」。
ペテロにゆだねられた「かぎ」とは何ですか
マタイ 16:19,フランシスコ: 「わたしはあなたに天の国のかぎを授けよう。あなたが地上でつなぐものは,天においてもつながれ,あなたが地上で解くものは,天においても解かれるであろう」。
啓示の書の中で,イエスは人間が特権や機会にあずかるよう道を開くために自らお用いになる象徴的なかぎに言及しておられます
啓示 3:7,8,フランシスコ: 「聖なるかた,真実なるかた,ダビデのかぎを持つかた,彼が開けばだれも閉じることができず,閉じればだれも開く
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