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  • なぜエホバに与えるのですか
  • エホバの王国を告げ知らせるものみの塔 1996
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エホバの王国を告げ知らせるものみの塔 1996
塔96 11/1 28–31ページ

なぜエホバに与えるのですか

シドンのザレパテという小さな町に太陽が照りつけるころ,一人のやもめが身をかがめて薪を拾い集めていました。火を起こして,粗末な食事を作るのです。その食事は恐らく,彼女とその幼い息子の最後の食事となるでしょう。長期に及んだ干ばつと飢きんの間,やもめは自分と息子が生き長らえるため一生懸命に努力してきましたが,このような哀れな結末となりました。二人は餓死寸前でした。

そこへ,一人の男がやって来ました。その名をエリヤと言いました。やもめは彼がエホバの預言者であることをすぐに悟りました。彼女はこの神について聞き及んでいたようです。彼女の住むシドンの地では,残酷で倒錯的なバアル崇拝が広く行なわれていましたが,エホバはバアルとは異なっていました。ですから,エリヤから水を飲ませてほしいと頼まれた時,やもめは助けることに熱意を示しました。そうすれば,エホバの恵みを得られるだろうと思ったのかもしれません。(マタイ 10:41,42)しかし,エリヤはそれ以上のことを求めました。少しばかり食べる物がほしいと言うのです。やもめは最後の一食を作るだけの食糧しかないことを説明しました。それでもエリヤは食べる物を求め,干ばつが終わるまでエホバが彼女のために奇跡的に食糧を備えてくださることを保証しました。やもめはどうしたでしょうか。「そこで彼女は行って,エリヤの言葉の通りにした」と聖書は述べています。(列王第一 17:10-15)この簡潔な言葉は,その行為が大いなる信仰の表われだったことを物語っています。実際,その信仰は非常に大いなるものだったので,1,000年近くたった後でも,イエス・キリストはこのやもめを褒めておられます。―ルカ 4:25,26。

それにしても,エホバがたいへん貧しい女性にたいへん多くの要求をなさったことは,奇妙に思えるかもしれません。非常に著名な男性がかつて捧げた祈りを考えると,特にそう思えます。ダビデ王は,息子ソロモンが神殿建設の際に使うための寄進物を集めましたが,そのことは物惜しみをしない精神を大いに刺激しました。寄進された物を現代の金額に換算すると,数十億ドル(数千億円)もの額に相当します。しかし,ダビデは祈りの中でエホバに次のように述べました。「私は何者なのでしょう。私の民は何者なのでしょう。このように自発的な捧げ物をする力を保てますとは。すべてのものはあなたから出ていますので,あなたのみ手から受けて,あなたに献じたのです」。(歴代第一 29:14)ダビデが述べたように,すべてのものはエホバのものです。ですから,わたしたちが清い崇拝を促進するためにささげる場合はどんなときでも,すでにエホバのものであるものをエホバに捧げているにすぎないのです。(詩編 50:10)したがって,次のような疑問が生じます。なぜエホバはわたしたちがまず先に与えることを望んでおられるのでしょうか。

真の崇拝の肝要な部分

その最も簡単な答えは,エホバは昔から与えることを清い崇拝の肝要な部分としてこられたということです。忠実な人アベルは自分の貴重な家畜の一部を犠牲としてエホバに捧げました。族長であったノア,アブラハム,イサク,ヤコブ,ヨブも同じような捧げ物をしました。―創世記 4:4; 8:20; 12:7; 26:25; 31:54。ヨブ 1:5。

モーセの律法は,エホバに寄進物を捧げることを命じ,そのための規定さえ設けました。例えば,すべてのイスラエル人は十分の一税,つまり,その地の産物と増えた家畜の十分の一を寄進するよう命じられていました。(民数記 18:25-28)他の寄進物はそれほど厳密に規定されていたわけではありませんでした。一例として,個々のイスラエル人は,家畜の初子と産物の初物をエホバに捧げるよう求められていました。(出エジプト記 22:29,30; 23:19)しかし,律法によれば,その初物が最良のものでありさえすれば,それをどれほどささげるかは個人の決定にゆだねられていました。律法には,感謝の捧げ物や誓約の捧げ物に関する規定もありましたが,それらは全く自発的なものでした。(レビ記 7:15,16)エホバは,ご自分が与えた祝福に応じて供え物をするよう民を励まされました。(申命記 16:17)幕屋とその後の神殿の建造の場合のように,各人はその心に促されたものを捧げました。(出エジプト記 35:21。歴代第一 29:9)そうした自発的な寄進物が最もエホバを喜ばせたことは確かです。

「キリストの律法」の下では,与えることはすべて自発的に行なうことになっていました。(ガラテア 6:2。コリント第二 9:7)だからといって,キリストの追随者たちは与えることをやめたり,少なくしたりしたわけではありません。その反対です。イエスと使徒たちがイスラエルで宣べ伝えていた時,数人の女たちは彼らに付いて行き,自分自身の持ち物をもって彼らに奉仕しました。(ルカ 8:1-3)同様に,使徒パウロは自分の宣教奉仕を支えるための贈り物を受けましたし,また他の人たちが困窮した場合に基金を与えるよう一部の会衆を励ますこともしました。(コリント第二 8:14。フィリピ 1:3-5)エルサレムの統治体は信頼できる男子を任命し,寄付された物資が困窮している人たちにきちんと分配されるようにしました。(使徒 6:2-4)初期クリスチャンが,そうした方法で清い崇拝を支持するのを特権とみなしていたことは明らかです。

それでもまだ,エホバはなぜ与えることをご自分の崇拝の一部にされたのだろうかと思うかもしれません。では,その四つの理由を考えてみましょう。

なぜ与えるか

第一に,エホバが与えることを真の崇拝の一部としておられるのは,そうすることがわたしたちの益になるからです。それは神の善良さに対するわたしたちの感謝を強調します。一例として,子供が親へのプレゼントを買うか作るかした場合,親が大喜びするのはなぜですか。そのプレゼントは,これがなければ親の窮状に対処できないというようなものでしょうか。恐らくそうではないでしょう。むしろ,親は子供が感謝の気持ちや与える精神を培っているのを見て喜ぶのです。同じような理由で,エホバはわたしたちに与えることを励ましておられ,わたしたちがそうする時に喜んでくださいます。これは,エホバがわたしたちに示してくださる,限りないご親切と寛大さすべてに,本当に感謝していることを示す方法なのです。エホバは「あらゆる良い賜物,またあらゆる完全な贈り物」の与え主であられるので,エホバに感謝する理由に事欠くことはありません。(ヤコブ 1:17)とりわけ,エホバはご自分の愛するみ子を与えてくださり,み子の死によってわたしたちが永遠に生きられるようにしてくださいました。(ヨハネ 3:16)わたしたちはエホバにどれほど感謝しても感謝し尽くせないのではないでしょうか。

第二に,与えることを習慣にするなら,それによってわたしたちは最も重要な点でエホバとみ子イエス・キリストに見倣うようになるのです。エホバは常に与えておられ,その寛大さは変わることがありません。聖書が述べているように,エホバはわたしたちに「命と息とすべての物」を与えてくださっています。(使徒 17:25)息を吸う度に,おいしい食べ物をほおばる度に,幸せで満ち足りた一時を過ごす度に,エホバに感謝するのは正しいことです。(使徒 14:17)イエスもみ父と同様に,与える精神をお示しになりました。イエスは物惜しみをせずにご自分をお与えになりました。イエスは奇跡を行なう時にご自分を犠牲にして行なっておられた,ということをご存じでしたか。イエスが病気の人をいやした時に,力が『彼から出た』ということを聖書は一度ならず述べています。(ルカ 6:19; 8:45,46)イエスは非常に寛大であられたので,ご自分の魂,すなわちご自分の命をまさに死に至るまで注ぎ出されたのです。―イザヤ 53:12。

ですから,時間であれ,エネルギーであれ,所有物であれ,わたしたちが何かを与える時,わたしたちはエホバを見倣っており,エホバの心を喜ばせているのです。(箴言 27:11。エフェソス 5:1)わたしたちはまた,イエス・キリストが残してくださった,人間の振る舞いに関する完全な手本にも従います。―ペテロ第一 2:21。

第三に,与えることは,現実的で重要な必要を満たします。み言葉を宣べ伝えるのに,わたしたちを用いなくても,石に叫ばせるようにすることができるのと同様に,エホバは確かにわたしたちの手を借りずとも,王国の関心事の必要を簡単に満たすことができます。(ルカ 19:40)しかし,エホバはこうした特権をわたしたちに与えて,わたしたちに威厳を付してくださいました。ですから,わたしたちは,王国の関心事の進展のために自分の持っている物を与える時,この世界で進行中の最も重要な業の一端に実際にあずかっているということで,大きな満足感を得ます。―マタイ 24:14。

エホバの証人の世界的な業の費用を賄うために金銭が必要なことは言うまでもありません。1995奉仕年度中に協会は,特別開拓者,宣教者,旅行する監督がその野外奉仕の割り当てを果たせるよう世話することだけで,ほぼ6,000万㌦(約60億円)を費やしました。しかしこの額も,世界中の支部事務所や印刷施設の建設と運営に必要な費用には及びません。それでも,その全部が自発的な寄付によって可能になっているのです。

エホバの民は一般に,たとえ自分が裕福でないとしても,その荷を簡単に他の人に負わせることは考えません。そうした態度は,崇拝のこの面にあずかる機会を逸することになりかねません。使徒パウロによると,マケドニアのクリスチャンたちは「非常な貧しさ」の中にありました。それでも,彼らは与える特権を請い求めました。そして,パウロの証言によれば,彼らが与えたものは,「実際の能力以上のもの」でした。―コリント第二 8:1-4。

第四に,エホバが与えることを真の崇拝の一部とされたのは,与えることはわたしたちが幸せになるのに役立つからです。イエスご自身は,「受けるより与えるほうが幸福である」と言われました。(使徒 20:35)エホバはわたしたちをそのようにお造りになったのです。このことも,どれほど多くささげようと,心に抱いているエホバへの感謝は表わしきれないと感じるもう一つの理由でもあります。しかし,幸いなことに,エホバはわたしたちがささげることができるよりも多くのものを期待してはおられません。可能な範囲で喜んでささげるなら,神に喜んでいただけることを確信できるのです。―コリント第二 8:12; 9:7。

与える精神を示すことから得られる祝福

先ほどの例に戻って,ザレパテのやもめが自分の都合を理由に,だれか他の人がエリヤの食事の世話をすればよいと考えたと想像してみてください。彼女はその時,大きな祝福を得損なってしまったことでしょう。

与える精神を示す者をエホバが祝福なさるということに,疑問の余地はありません。(箴言 11:25)ザレパテのやもめは,これで最後と思っていた食事をあきらめたことで苦しむ必要はありませんでした。エホバは奇跡をもって彼女に報いをお与えになりました。エリヤが約束したとおり,彼女の麦粉のつぼと油のつぼは,干ばつが過ぎ去るまで乏しくなることがありませんでした。しかし,やもめはそれ以上の報いさえ受けました。息子が病気になって死んだ時,まことの神の人であるエリヤはその子を生き返らせて,彼女に渡しました。そのことから,彼女はどれほど霊的に強められたことでしょう。―列王第一 17:16-24。

今日では,奇跡によって祝福されることはありません。(コリント第一 13:8)しかし,エホバは確かに,心からご自分に仕える者を支えると保証してくださっています。(マタイ 6:33)ですから,この点でわたしたちもザレパテのやもめのように,エホバがわたしたちを顧みてくださることを確信しつつ,惜しみなく与えることができます。同様に,わたしたちは大きな霊的報いを味わうことができます。与えることを,時折思い出したように行なうのではなく,日課の一部にするならば,イエスが勧めておられるように,目を純一に保ち,王国の関心事に焦点を合わせるよう助けられるでしょう。(ルカ 11:34。コリント第一 16:1,2と比較してください。)また,エホバやイエスと共に働く者として,お二方をいっそう身近に感じるようになることでしょう。(コリント第一 3:9)また,すでに世界中のエホバの崇拝者の特徴となっている寛大な,与える精神が一層増し加わるのです。

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人々はこのような方法で与えることにしている

世界的な業のための寄付

多くの人は,「協会の世界的な業のための寄付 ― マタイ 24:14」と表示された寄付箱に入れるために,ある額を取り分けておきます。会衆は毎月それをまとめて協会の支部事務所に送ります。

贈与

現金の自発的な寄付を 243-04 海老名市中新田1271 ものみの塔聖書冊子協会へ直接送ることができます。不動産や,宝石その他の貴金属などの動産や有価証券も寄付できます。(ただし不動産の場合,必ず前もって協会と連絡をお取りください。)そのような寄付には,それが無条件の贈与であることを説明した簡単な手紙を添えることになっています。

条件つき寄付の取り決め

個人的な必要が生じた時には返還を申し入れることができるという条件で,現金をものみの塔協会に寄付することもできます。

保険

生命保険の保険金などの受取人に,ものみの塔協会を指定するという方法もあります。そのような取り決めをする場合は,あらかじめ協会にその旨を通知することになっています。

遺贈

法規どおりに作成された遺言状によって,動産・不動産または現金・有価証券・預貯金をものみの塔協会に遺贈することもできます。その場合には,公正証書遺言の形式を取ることが勧められています。(ただし不動産の場合,必ず前もって協会と連絡をお取りください。)

上記の事柄のいずれかについてさらに詳しい情報やアドバイスをお望みの方は,寄付者の住む国を担当する,ものみの塔協会の事務所(日本: 243-04 海老名市中新田1271 ものみの塔聖書冊子協会)に手紙でお問い合わせください。

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