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    王国宣教 1993 | 9月
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      ■ 野外での提供 9月: 『永遠に生きる』。10月: 「探求」。11月: 「新世界訳聖書」に「神の言葉」を添える。12月: 「最も偉大な人」。

      ■ 主宰監督または主宰監督から指名された人は,9月1日あるいはそれ以後できるだけ早く会衆の会計検査を行なってください。終了後,会衆に発表します。

      ■ 1993年11月8日の週から1994年5月2日の週まで,会衆の書籍研究では「あなたの家族生活を幸福なものにする」の本を用いることになります。

      ■ 長老たちは,排斥された人や断絶した人で復帰を望んでいるかもしれない人に関して,「ものみの塔」1991年4月15日号21-23ページに載せられている指示にしたがって物事を扱うという点を思い起こしてください。

  • 「家族生活」の本を家庭聖書研究で用いる
    王国宣教 1993 | 9月
    • 「家族生活」の本を家庭聖書研究で用いる

      1 日本では「見よ!」や『神は気遣っておられますか』のブロシュアー,また「家族生活」の本が広く配布されており,研究を取り決めるための主要な道具となっています。とりわけ「家族生活」の本は研究生の関心を持続させるにとどまらず,聖書的な見方や考え方にごく自然な形で接することにより,徐々に研究生の心と思いの中に,エホバ神に対する崇敬の念を育てるのに貢献してきました。

      2 この本の持つ重要な意義について1章を例に考えてみましょう。家の人は聖書が単なる宗教書ではなく家族生活について論じていることを知って驚くかもしれません。(7節)また,優れた経営者が会社を繁栄に導くのと同じく,家族生活の運営の仕方を学ぶなら幸福な家族生活を送れるようになるという説明に納得するかもしれません。(14節)

      3 この章の結びの部分である15-17節には,家族生活に関連した多くの質問が投げかけられており,家の人の研究意欲をかき立てます。これらの質問に対する満足のゆく答えは,この本全体を学ぶことによって初めて得られるのです。これまで,早い時期に「見よ!」のブロシュアーや『永遠に生きる』の本に移行したため,それまでの関心が冷え,研究を中断してしまった人もいます。一方,この本を学び続け夫や妻としての責任を果たすようになった人は,未信者の反対を和らげ協力を引き出すことさえできるようになりました。それで,わずか14章で構成されているこの書籍を学ぶことには,計り知れない益があるのです。

      4 もちろん「家族生活」の本を学ぶだけでは十分ではありません。聖書の基礎的な教理とクリスチャンとしての生活の規準を理解するよう助けるために研究生と学ばなければならない他の出版物があります。したがって,この本を学び終えたなら,ふさわしいブロシュアーに,次いで『永遠に生きる』の本に順次移行してゆくことができます。このように,一見遠回りに見えても大半の人々が関心を持つ「家族生活」の本をまず学び,次いで他の出版物に移行してゆくなら,研究の中断は少なくなり,研究生の霊的進歩は着実なものとなるに違いありません。

  • 1994奉仕年度の日本の目標 ― 数多くの再訪問を行ない,宣教に喜びを見いだす
    王国宣教 1993 | 9月
    • 1994奉仕年度の日本の目標 ― 数多くの再訪問を行ない,宣教に喜びを見いだす

      1 現在,日本には奉仕者と研究生を合わせると40万人の人々がいますが,それらのうち大半の人々は元々キリスト教に親しんでいたり,創造者や聖書に対する敬意を抱いたりしていたわけではありません。しかしながら,これらの人々は伝道者から聖書文書を入手し,聖書研究に応じ,やがてかつてのテサロニケ人と同様に聖書を神の言葉として受け入れ,信者となったのです。(テサロニケ第一 2:13)わたしたちは,パウロやバルナバのように関心を示し援助してくれた人々にどれほど感謝の念を厚くしたことでしょう。―使徒 15:36。

      2 人々の霊的福祉に真の気遣いを示す人々は,「受けるより与えるほうが幸福である」とのイエスの言葉を自ら体験することになります。(使徒 20:35)なぜなら,幸福の極致は他の人を助ける喜びにあるからです。そして神とその道に関する教育は,問題や悩みを抱える人々を一時的に助けるだけでなく,永遠の命の見込みも与えるのです。(使徒 13:48)しかし,そのように人々を助けるためには教える業にぜひともあずかる必要があり,その第一段階は再訪問です。―マタイ 28:19,20。

      3 再訪問という肝要な奉仕の分野にあずかればあずかるほど,わたしたちは宣教の喜びを経験することができます。(コリント第一 3:6,8)その喜びは結果のいかんに依存しません。義務感から物事をおざなりに行なうのではなく,正しい動機で,また自分がなぜそのことを行なっているのかを理解して行なうなら,だれでも達成感からくる喜びを経験することができるのです。(コリント第一 3:9)そうです,新しい伝道者でも年若い奉仕者でも,どれほど難しい区域で奉仕していても喜びを味わうことができるのです。

      4 それでは特にこの一年間,わたしたち皆ができるだけ多くの再訪問を行なうように努力しましょう。そのようにして,他の人に対する真の気遣いを示しましょう。すぐによい結果が見られないとしても,決して落胆しないでください。数多くの再訪問を行なう上でのあなたの特別な努力をエホバが祝福してくださり,目標を達成した満足感を十分に経験されますように。再訪問に関する具体的な情報については,今後の「王国宣教」の記事を楽しみになさってください。

  • 他の人のために雑誌を用いる
    王国宣教 1993 | 9月
    • 他の人のために雑誌を用いる

      1 最新号の「ものみの塔」や「目ざめよ!」を受け取るのは本当にうれしいものです。わたしたちは掲載されている情報から益を得るために,後回しになどせずにできるだけ早く雑誌を読みます。自分自身に役立つ資料を探すだけでなく,他の人に雑誌を勧めるときに使える箇所を探すのは良いことです。会衆の区域の人々に特に訴えそうな部分に印をつけ,野外奉仕に備えることができるかもしれません。話題にできる点や地元で記事を紹介する方法を思い出せるよう,自分の雑誌の余白に書き込みをしたいと思う人もいるでしょう。

      2 時がたっても雑誌の価値がうせることはありません。わたしたちはおもに最近号の雑誌を提供することに注意を向けますが,古い号を捨てる必要はありません。情報そのものが時代遅れになることはないからです。証言のときに使えるよう,古い号を伝道かばんの中に入れておきましょう。特に,家の人の特定の必要に気づいたとき,それらの雑誌が役立ちます。古い雑誌を配布した場合,世界的な業のために寄付する機会について家の人に手短に説明しても差し支えありません。

  • 神権的ニュース
    王国宣教 1993 | 9月
    • 神権的ニュース

      日本: 9月1日付で千葉県市川市英語会衆が,また千葉県千葉市ポルトガル語会衆および神奈川県横浜市ポルトガル語会衆が,さらに神奈川県中国語会衆が設立されました。これで,国内の英語会衆の数は12に,またポルトガル語会衆と群れは10に,そして中国語会衆は二つになりました。

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