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  • 集ワ資18 05月号 1–2ページ
  • 「生活と奉仕 集会ワークブック」の資料 2018年5月

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  • 「生活と奉仕 集会ワークブック」の資料 2018年5月
  • 「生活と奉仕 集会ワークブック」の資料 2018
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  • 5月7-13日
  • 5月14-20日
  • 5月21-27日
「生活と奉仕 集会ワークブック」の資料 2018
集ワ資18 05月号 1–2ページ

「生活と奉仕 集会ワークブック」の資料

5月7-13日

神の言葉の宝 | マルコ 7-8章

「あなたの苦しみの杭を取り上げて,絶えずわたしのあとに従いなさい」

nwtsty マル 8:34 注釈

自分を捨て[る]: または「自分自身にある権利をすべて捨てる」。これは,自分自身を完全に否定する,あるいは自分の所有権を神に差し出す,という意志を表わす。このギリシャ語の表現は,個人の欲求,願望,便宜の否定と関連があるかもしれないので,「自分に対して否と言わなければならない」という訳も適切である。(コリ二 5:14,15)マルコは,同じギリシャ語動詞を,ペテロがイエスを否認した時の記述に用いている。(マル 14:30,31,72)

5月14-20日

神の言葉の宝 | マルコ 9-10章

「信仰を強める幻」

nwtsty マル 9:7 注釈

声: 福音書中で,エホバが直接人間に語りかけたことを示す3つの記述の2番目の例。(ヨハ 12:28。マル 1:11の注釈,集ワ資18.04 2を参照。)

霊的な宝石を見つける

nwtsty マル 10:17,18 注釈

善い師: この男性は「善い師」という表現をへつらいの言葉,また称号として用いていたと思われる。なぜなら,宗教指導者たちは多くの場合そのような誉れを要求したからである。イエスは,「師」また「主」とふさわしく呼ばれることには異議を唱えなかったものの(ヨハ 13:13),すべての栄光を父に帰した。

ただひとり,神以外には,だれも善い者はいません: イエスはここで,何が善であるかに関する究極の規準はエホバであること,つまりこの方こそ,何が善で何が悪かを決定する至高の権利をお持ちであることを認めている。アダムとエバは反逆して善悪の知識の木から食べることにより,その権利を手に入れようとした。その2人とは異なり,イエスは謙遜に,規準を定めることを父に任せている。神は,聖書の中で命じている事柄によって,何が善であるかを表現し,定義しておられる。(マル 10:19)

クリスチャンとして生活する

「神がくびきで結ばれたものを……」

nwtsty マル 10:4 注釈

離縁証書: または「離婚証書」。律法によると,離婚を考えている人は法的な書類の準備をしたり,年長者に相談したりしなければならなかった。この律法により,そのような重大な決定を考え直す時間が与えられた。この律法には,性急な離婚を防ぎ,女性たちに一定の法的保護を与える意図があった。(申 24:1)しかしイエスの時代,宗教指導者たちは離婚を簡単にできるものとしていた。自らも離婚経験のあるパリサイ人であった1世紀の歴史家ヨセフスは,「どんな理由であれ(そうした多くの理由を挙げるのは男性)」離婚は許されると述べた。

nwtsty マル 10:11 注釈

妻を離婚[する]: または「妻を追い払う」。マルコが記録しているイエスの言葉は,マタ 19:9にある,より包括的な記述に照らして理解されるべきである。その聖句は「淫行以外の理由で」という表現を含んでいる。離婚に関するイエスの言葉を引用したマルコの記述は,不忠実な配偶者の犯した「淫行」(ギリシャ語,ポルネイア)以外の事柄が離婚の根拠とされる場合に当てはまる。

彼女に対して姦淫を犯す: イエスはここで,男性は「どんな根拠による場合でも」妻を離婚することが許される,という当時広く受け入れられていたラビの教えを一蹴した。(マタ 19:3,9)妻に対して姦淫を犯すというのは,ほとんどのユダヤ人にとって異質の概念だった。ラビの教えによれば,夫が妻に対して姦淫を犯すというのはあり得ないことだった。つまり,不貞を働くのは女性の側だけだという考えだった。イエスは,夫を妻と同じ道義的義務のもとに置くことによって,女性の尊厳と身分を高めている。

5月21-27日

神の言葉の宝 | マルコ 11-12章

「この貧しいやもめはあの人たち全部よりたくさん入れたのです」

nwtsty マル 12:41,42 注釈

宝物庫の箱: 古代ユダヤの資料によると,こうした寄付箱もしくは容器は,その形から「ラッパ」と呼ばれていた。上部が細く,底は広がっていたと考えられる。人々は,それぞれの宝物庫の箱に捧げ物としてお金を入れた。ここで用いられているギリシャ語はヨハ 8:20でも用いられており,「宝物庫」と訳されている。この表現は恐らく婦人の中庭にある特定の場所を指している。(研ガ セクション15を参照。)ラビの資料によれば,その中庭の壁の周辺に13の宝物庫の箱が置かれていた。神殿には,宝物庫の箱から集めたお金を収納する主要な宝物庫もあったと考えられている。

小さな硬貨二つ: 字義,「2レプタ」,小さくて薄いものを意味するギリシャ語レプトンの複数形。1レプタは1デナリの128分の1に相当する硬貨で,当時のイスラエルで使われた最少額の銅貨もしくは青銅貨だったと思われる。(研ガ セクション18を参照。)

それは価のごくわずかなものである: 字義,「それはクワドランスである」。ギリシャ語コドランテス(ラテン語クワドランスに由来)は,1デナリの64分の1の価値に相当するローマの銅貨もしくは青銅貨を指している。ここでマルコは,ユダヤ人の間で一般的に使われていた硬貨の価値を説明するために,ローマの貨幣を用いている。(研ガ セクション18を参照。)

霊的な宝石を見つける

nwtsty マル 11:17 注釈

あらゆる国民のための祈りの家: イザ 56:7を引用している3人の福音書筆者のうち,マルコだけが「あらゆる国民[すべての民]のため」という表現を含めている。(マタ 21:13。ルカ 19:46)エルサレムの神殿は,イスラエル人と,神を敬う外国人の両方がエホバを崇拝し,祈りをささげるための場所だった。(王一 8:41-43)商業目的で神殿を利用し,そこを強盗の洞くつとしていたユダヤ人をイエスは強く非難した。そのようなユダヤ人の行動は,すべての国の人々が祈りの家でエホバに近づこうとするのを妨げ,エホバを知るようになる機会を奪うものだった。

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