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目ざめよ! 1982
目82 11/8 9–11ページ

すべての人のための本

ドイツの「目ざめよ!」通信員

スペイン人とインド人,あるいはアフリカ人とユーゴスラビア人との間には大きな相違があるでしょうか。確かに,言葉は違いますし,背景も異なっています。しかし,言わば内側を見れば,実際にはそれほど異なっていないことが分かります。みな同じような問題や必要を持つ仲間の人間なのです。

近年,多くの異なった国の男女がドイツに住むために移って来ました。それらの人の間に見られる相違はドイツの社会に趣と多様性を加え,そして時には幾つかの問題を加えてきました。とはいえ,エホバの証人は,ドイツ生まれの幾万もの人々がすでに受け入れたのと同じ聖書の音信に反応を示す人がこれら外国のお客さんたちの中に大勢いることを知っています。

人々は人生に目的を求める

スペインのムチャーチョ(幼い男の子)に大きくなったら何になりたいかと尋ねれば,大抵「闘牛士!」と言うでしょう。ウバルドもやはりそう答え,そして大きくなってからまさにその闘牛士になりました。ウバルドは幸福でしたか。

いいえ,理知ある人はだれしも,人生に目的を持っていなければならないからです。闘牛はウバルドにそのような目的を与えませんでした。そして,ウバルドにとってそれは重大な事柄でした。この闘牛士はうつ病になり,「1回だけでなく,4回も自殺を図りました!」と述べています。幸い,それは未遂に終わりました。

やがてウバルドはエホバの証人に会い,生きるための真の理由を与えてくれる本に関心を抱くようになりました。そして,自らの人生を神に仕えるために用い,神に近付くときにのみ男性も女性も本当に幸福になれることを学びました。また,義の政府の下に全人類を統一するという神の目的についても学びました。(ダニエル 2:44)ウバルドはその希望を他の人々に伝えることに幸福を見いだし,現在ドイツに住んで他の人々が人生に目的を見いだすのを助けています。

理知ある人々が求める別のものは真理です。そしてこれは一人のアフリカ人の少年にとって問題になりました。

人々は真理を知ろうとする

アフリカは貧困が多く見られる広大な地域です。しかし,そこに住む人すべてが飢えているわけではありません。例えば,ジョンはガーナで育ちました。ジョンの父親には大勢の子供たちがいましたが,子供たちすべてを扶養してゆけました。それでも,ジョンは何かに飢えていました。こう伝えています。「家にいたとき,私たちは宗教的な教育を何一つ受けませんでしたが,私はよく神について考えました。そして,神を求めるようになりました。教会へ行けば神を見いだせるのではないかとの期待を抱いて,カトリック教徒の友人について教会へ行ったこともありました」。しかし,それはむだでした。

ジョンはドイツに移り住み,そこでジョンの“飢え”はさらにひどくなりました。「一人ぼっちでいる時間にはしばしば神について考えました。神の導きを切に求めていたのです」とジョンは述べています。最後に,エホバのクリスチャン証人の訪問を受け,聖書研究を勧められました。その飢えは満たされたでしょうか。満たされました。聖書は「真の神と永遠の命に至る道」について教えてくれた,とジョンは語っています。―詩編 83:18。ルカ 10:27,28。ローマ 6:23。

近年,心理学者たちは人間のもう一つの基本的な必要を発見しました。それは愛です。人のことを気遣わない今日の世界にあって,愛を示し,示されることは可能でしょうか。

人々は愛を示されることを求める

ネブリエと夫のウンベルトはこのことについて思い巡らしていました。ネブリエはブルガリア生まれのトルコ人で,夫はイタリア人でした。夫はカトリック教徒で,妻はイスラム教徒でした。その家族にはその家族なりの問題がありました。

ウンベルトとネブリエはやはりドイツに住んでいます。しかし,あるときウンベルトはイタリアに住む親族を訪れました。その人はエホバの証人でした。ウンベルトはこう語っています。「私たちは浜辺へ出掛けました。すると私のいとこが,『あの緑色の本を読んでいる二人の男の人たちはエホバの証人よ』と突然言いました。私は面くらって,『どうしてそんなことが分かるの?』と尋ねました。その二人がドイツ人だったので,彼女は私に通訳してほしいと言いました。私は恐る恐る二人に近付き,エホバの証人であるかどうか尋ねました。二人は『そうです,あなたもですか』と聞きました。私は,『いいえ,でもここにいる私のいとこはそうです』と言いました。すると彼らは,十年の知己にでも会ったかのように抱き合いました。私はその情景を決して忘れられませんでした」。そうです,初対面であったにもかかわらず,これらのクリスチャンたちが互いに対して抱いていた愛がウンベルトに感銘を与えました。

ウンベルトは聖書を研究し,やがて自らも妻のネブリエと共にエホバの証人になりました。現在,ウンベルトは幸せそうに,「今では私と妻と12歳になる息子とは一つに結ばれた家族になっています」と語っています。なぜでしょうか。聖書から学んだ事柄のおかげで,自分たちを愛してくださる神を現在では崇拝し,愛に基づいた宗教を,互いに愛を示し合う人々と交わりながら実践しているからです。―ヨハネ第一 4:16。ヨハネ 13:35。

人々は幸福な生活を求める

愛に対するわたしたちの欲求と関係があり,だれもが望んでいる事柄がほかにあります。わたしたちはみな幸福になりたいと願っています。しかし,多くの人にとってそれは容易なことではありません。

ジュスフとその妻サフィアはそうであることに気付きました。ジュスフはユーゴスラビアでジプシーの家系に生まれましたが,今ではドイツに住んでいます。ジュスフはこう伝えています。「私たちの夢は仲むつまじい家族になることでした。ところが,家族の世話をする代わりに,私は悪い習慣にとらわれてしまいました。家族には食べる物が何もないということがよくありました。家賃を払う代わりに,私はお金をギャンブルにつぎ込みました。しばしば朝の4時まで家へ戻らず,家へ戻った時には酔って,一文なしになっていました。長男のベガンから,『お父さん,家にいない時のお父さんが僕は一番好きだよ』と言われたことがありました」。

明らかに,ジュスフの行動のために,その家族は幸福ではありませんでした。事実,奥さんのサフィアは不幸のどん底にありました。そして,思い余って考えついた解決策は,ネコイラズでした。それをジュスフに与えるのです!

しかし,その後家族はエホバの証人と聖書を研究するようになりました。息子のベガンは目覚ましい進歩を示し,15歳でバプテスマを受けたクリスチャンになりました。ジュスフはこの少年が自分に対して示すようになった敬意に目を見張りました。「私はもっと良い父親になろうと決意しました」とジュスフは語っています。ジュスフもその妻も聖書を研究し続け,バプテスマを受けたクリスチャンになりました。その結果はどのようなものでしたか。

「バプテスマを受けて以来私と妻は幸福で仲むつまじい生活を送っています。だれも食べる物や飲む物に事欠くことはありません。皆きちんとした身なりをしています。借金もありませんし,妻ももはや働く必要はありません。私たちのアパートは清潔で,きちんとしています」。

そうです,この家族は確かに聖書を必要としていました。ドゥーサンもやはりそれを必要としていました。ドゥーサンの問題はもっとひどかったからです。不幸な結婚以上にひどい問題があるでしょうか。では,2度,そして3度も不幸な結婚をすること,それもそのすべてを16歳までにすることについてはどうでしょうか。そんなことがあり得るでしょうか。ドゥーサンに説明してもらうことにしましょう。ドゥーサンも今ではドイツに住んでいますが,ルーマニアで生まれました。

「私がまだ10歳の時,両親は私の結婚の計画を立て始めていました。子供が13歳か14歳になると,親が子供の結婚を取り決めるのが私たちの習慣だったからです」とドゥーサンは語っています。両親はお嫁さんを見付けましたが,ドゥーサンがまだ若過ぎたために,その結婚を合法的に登録することはできませんでした。それでも,関係者すべてにとってそれは拘束力を持つ取決めでした。

その出発は惨めなものでしたが,ドゥーサンはその理由を説明してこう述べています。「私たちの間には,結婚してから最初の40日間に妻をたたかないと,男はしりに敷かれるという言い習わしがあります。私はこの助言を守るようにしましたが,それでも妻はわずか5か月後に私のもとを去りました。14歳の時に私は2度目の結婚をしました。今回はうまくゆくと思っていましたが,最初よりもひどくなりました。2度目の妻も私を後にし,私は16歳で再び結婚しました」。

この3度目の結婚も最初の二つと同じ道をたどる定めにあるように思えました。ところがドゥーサンとその妻は,聖書の中で神がすべての夫婦に与えておられる次の助言に注意を促されました。「それぞれ自分を愛するように妻を愛しなさい。一方,妻は夫に対して深い敬意を持つべきです」。(エフェソス 5:33)ドゥーサンとその妻はこの聖書の原則を実践してみました。それはうまくいったのです。

あらゆる人のための助け

人の生まれがどこであろうと,聖書はその人のための本です。その中で神はわたしたちの質問に答えておられます。また,食物のほかに,わたしたちが飢えを感じるものを与えてくださっているのです。(マタイ 4:4)ウバルドと全く同様,わたしたちも人生に真の目的を得ることができます。ジョンと同じく,わたしたちも神についての真理を見いだせます。ネブリエとウンベルトと同じく,わたしたちも神と仲間のクリスチャンとの愛を経験できます。また,ジュスフやサフィアやドゥーサンと同じく,わたしたちも真の幸福を得られます。

エホバの証人は文化や言語の異なるこれらの人々が聖書から計り知れない益を得るのを助けてきました。エホバの証人は喜んであなたのお役にも立ちたいと思います。神はそれらの人にお与えになった助けをあなたにも差し伸べてくださいます。なぜでしょうか。わたしたちはみな人間として同胞であり,みな人類という大きな家族の中の兄弟姉妹だからです。―使徒 17:26。

[9ページの図版]

このスペイン人の闘牛士の興奮に満ちた生活もむなしいものでした。ところが……

[11ページの図版]

このユーゴスラビア人の男の人とその家族の上には恐るべき脅威がおおいかぶさっていました。ところが……

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