少数者にも示される神の配慮
「最大多数の最大幸福」。これは望ましいあり方のように思えるかもしれませんが,ともすると少数者はないがしろにされがちです。しかし,少数者も幸福を最大限に享受してしかるべきではありませんか。
聖書の神は少数者の幸福にいつも関心を示しておられました。イスラエル人は困窮した人々のために落ち穂を拾わずに残しておくよう命じられていました。また,「どんなやもめや父なし子も苦しめてはならない」と諭されています。(レビ記 19:9。出エジプト記 22:22)現代においても,エホバ神は少数者を顧みておられます。先ごろ開かれたエホバの証人の「エホバへの信頼」地域大会では,さまざまな所にそうした神の配慮が反映されていました。
お年寄りや体の不自由な人々に対する配慮
日本の各地で開かれた大会に出席した23万人余りの人々の中で,お年寄りや障害のある方々は決して多数を占めてはいませんでした。しかし,その数が少ないからということで,そうした人々の霊的な福利が見過ごされることはありませんでした。出入りに便利で,プログラムを聞きやすい場所に「年配者席」が設けられました。その恩恵にあずかった60代の一婦人は,「本当に細かい点までのご配慮ありがとうございました」との感謝の言葉を寄せています。難聴者のためのイヤホーン付きの席も用意されていました。
手話プログラムも10か所で実施されましたが,今年の大会では単に手話席が設けられただけでなく,さらに深い配慮が示されました。昨年まで行なわれていた手話通訳に代わる,「手話通訳支援システム」が用いられたのです。それは一体どんなシステムですか。
手話席の正面にはテレビが置かれ,演壇の模様が映し出されます。そして,話されている事柄が字幕に現われるのです。そのためにどのような準備が求められましたか。
大会の話および劇の原稿や筋書きは,ものみの塔協会の工場で印刷されるに当たってコンピューターにいったん入力されます。それを活用して字幕用の情報を編集し,ディスケット(コンピューターの情報を記録する盤)に収めます。会場ではディスケットをパソコンにかけて,講演者の話している箇所が字幕に出るよう操作する人が求められました。これにより献身的に奉仕してきた手話通訳の負担は,経験などのプログラムを除いて大幅に軽減されました。その上,劇の上演される時には,手話通訳ではなく劇そのものを見ながら字幕を読めるので,手話席の出席者たちは劇を十分に楽しみました。また,通訳の手の動きをいつも見ていなくてもよくなったため,ノートを取ったり聖書を開いたりすることも容易になりました。
しかし,少数者は体の不自由な人々やお年寄りばかりではありません。最近,日本に住む外国人の数の増加に伴って,聖書の真理に関心を示す外国人も増えています。そうした人々にも配慮が示されたでしょうか。
外国語を話す人々への配慮
川崎市と沖縄の名護市で開かれた大会では,通訳を介さずに英語プログラムが行なわれました。川崎市で開かれた英語プログラムには30余りの国の出身者が150人以上出席し,自分の理解できる言語で大会のプログラムを楽しみました。たとえ日本語はだいたい理解できても,「感じをつかむこと」は母国語でないと難しいので,英語プログラムは本当に役立ったと一人の出席者は語りました。
さらに,今年は川崎の大会でスペイン語とポルトガル語の席が設けられ,プログラムがそれらの言語に通訳されました。「スペイン語の一声を耳にした時,感激して胸が熱くなりました」と述べた人もいました。アルゼンチン出身の一女性は生まれて初めて母国語の集会に出席して,「エホバは私たちのことを忘れておられないと感謝しました」と話しています。
確かに,「神のご意志は,あらゆる人が救われて,真理の正確な知識に至ることなのです」。(テモテ第一 2:4)「幸福な神」であられるエホバは,「あらゆる人」の「最大幸福」を願っておられます。(テモテ第一 1:11)世界各地で毎年開催されるエホバの証人の地域大会にはエホバのご配慮が反映されており,あらゆる人がプログラムを楽しめるように取り計らわれています。あなたも来年開かれる大会に出席してその精神に触れてみてはいかがですか。