ダホメーの呪物崇拝
● ダホメーにおける伝道の業は楽しいものですが,伝道者たちには克服すべき多くの難問題があります。たいていの人々は新教かカトリック教会のいずれかの教会に属しているにもかかわらず,この土地固有の呪物崇拝を行なっています。「ボドウンノ」と呼ばれるこの宗教の祭司は村民に対して大きな影響力を持ち,呪いをかけて人を殺すことさえできると唱えています。多くの人々はこの宗教をやめたいと望んでいますが,恐ろしくてやめることができません。教会員になってもこの呪物崇拝を引き続き行なえますが,エホバの証人になるにはやめねばならないことを人々は知っています。そのため双方の人々がエホバの証人に反対し,またその信者のだれかが聖書の真理を求めると,しばしば力を合わせて妨害します。そのうえ数世代の家族が一緒に一つの屋敷に住んでいるため,その影響力から自らを解放させるのは容易なことではありません。しかしエホバの助けによってこれらの難問題も克服でき,また実際に克服されているということが一人の若い婦人の次の手紙からわかります。
「私がエホバの証人と聖書の研究を始めたのは,15歳のときでした。父は私たちの屋敷のかしらで,かつ,この町の呪物崇拝の祭司でもあり,しかもカトリック教徒でした。私が聖書の真理に関心をいだき始めたとき,父は,私を屋敷から追い出してしまえば住む家もなく食べる物にもことかくので,私はたちまち聖書の宗教をやめるにちがいないと考えたのです。しかしエホバの証人が私を迎えてくださったので,証人たちとともになおいっそう聖書を研究できるようになりました。私が一人で困りはててもいないことを知った父は,私を連れ戻し,今度はカトリックの司祭のもとに私を連れて行き,エホバの証人は偽りを教えているということを説得させようとしました。この司祭は私をその家に3週間閉じ込めて,父の宗教をやめるべきでないと,来る日も来る日も説きつけるのでした。3週間後,司祭は,なぜ私がエホバの証人になろうと決心したのかを尋ねましたので,私は聖書を知りたいからだと答えました。司祭は聖書を読むことを禁じていたのです。ついにあきらめた司祭は,私を父の許に送り返しました。そしてさらに3年間,私は絶えず監視されながら暮らしました。今私は19歳ですが,つい最近開拓者になったばかりです。1年前に父の屋敷を出ることができたので,エホバに献身することができ,他の人が大いなるバビロンから出るのを助けています」。―エホバの証人の1968年度年鑑より