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  • 永遠の命の報いを望んで一生懸命に働く
  • エホバの王国を告げ知らせるものみの塔 1972
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エホバの王国を告げ知らせるものみの塔 1972
塔72 11/15 683–689ページ

永遠の命の報いを望んで一生懸命に働く

「常に主のわざにおいてなすべき事をたくさん持っていなさい。あなたがたは自分たちの労苦が主にあってむだではないことを知っているのですから」― コリント前 15:58,新。

1,2 (イ)若い人たちはどんな質問をよくしますか。なぜですか。(ロ)ある人たちは自分の過去の人生について何を認めますか。(ハ)詩篇作者とイエス・キリストは人生について,また人類が最も必要としているものについて何を述べていますか。

全く新たな生き方を始める機会がもし今日差し伸べられるとしたなら,あなたはそれを受け入れますか。それとも,今している仕事や今送っている生活で事足れりとしますか。若い人たちは年配の人びとによくこう尋ねます。『もし人生をもう一度やり直せる機会に恵まれるとしたなら,今している同じ仕事をしますか。それとも何か別の仕事を選びますか。あなたのしている同じ仕事を息子や娘にさせたいと思いますか』。若い人たちはこうした詮索好きな質問をして,あなたの仕事は報いをもたらすものかどうか,また自分たちが追求する価値のあるものかどうかを判断しようとするものなのです。

2 しかしながら,報いのない生活をしているにもかかわらず,価値のない仕事で自分の人生を浪費していることを認める人はほとんどいません。しかし,そのことを認めた人のひとりで,人もうらやむ富豪だったアンドリュー・カーネギーは言いました。「もし若さと健康が得られるものなら,私の巨万の富を全部さしあげよう。もしファウストの取り引きができるものなら,私はそうしよう。自分の人生をもう一度やり直すためなら,私は何でも喜んで捨てるだろう」。しかし残念ながら,永遠の命は売り物ではありません。若さと健康は富の力の及ぶものではありません。おそらく人類の中でも,富をまるで万能薬か何かのように考えてその蓄積に狂奔する人たちは,最も哀れむべき人でしょう。その人生はまさにむなしい幻想のそれだからです。霊感を受けた詩篇作者は書きました。「人の世にあるは影にことならず その思ひなやむことはむなしからざるはなし その積蓄ふるものはたが手にをさまるをしらず」。(詩 39:6)あらゆる時代の人間の中の最大の思索者,すなわちイエス・キリストは,ほかならぬ人生の主要な関心事もしくは営みは何かを定めるこの問題を深く探って,二つの鋭い質問の中にその答えを的確に示しながらこう言いました。『人,全世界を儲くとも,己が生命を損せば,何の益あらん,又その生命の代に何を与へんや』。(マタイ 16:26)人間が最も必要とし,しかもいつまでも必要とするのは,イエス・キリストのことばによれば,名声や富,快楽や所有物ではなくて,命そのものです。今,地上の人間はひとり残らず永遠の命の報いのために働くべきでしょう。あなたはそうしていますか。

3,4 (イ)今日,何千人もの人びとはなにを行ない,また何を自分たちの目標としていますか。(ロ)キリストの弟子として歩むには何が必要ですか。どんな報いが期待できますか。

3 今日,あらゆる場所で文字どおり何十万人もの人びとが人生に関するイエスのことばを深く考えています。それらの人たちはイエス・キリストを見習う新しい生き方に答え応じて,永遠の命の報いのために今や一生懸命働いています。(ペテロ前 2:21)1969年,1970年そして1971年の過去わずか3年間に207の土地で合計43万4,906人もの人びとが,自らを永遠の命を受けられる適格者にすることによって人生の大きな変化を経験してきました。彼らはエホバ神に献身し,水の浸礼を受けて,その献身を象徴しました。それらの人たちは物質主義に基づく営みを背後に退け,「朽つる糧のためならで永遠の生命にまで至る糧のために働け。これ人の子の汝らに与へんと為るものなり」と語った,人に訴えるイエスのことばを心にとどめてきました。(ヨハネ 6:27)彼らは生活に必要なものを自ら備えはしますが,それはもはや自分たちの主要な目標ではありません。もしエホバに全幅の信頼を置くならば,生活に必要なものはエホバが備えてくださるということを知っているのです。ですから,彼らは神の王国とその義を第一に求めます。そして,神の約束どおり,それら必要なものはすべて彼らに加えられています。―マタイ 6:25-33。

4 イエス・キリストに見習って,そうした生活をするには信仰が必要です。それは熱心に働くことを意味しており,勤勉さと熟練を要します。それは自己犠牲,自分のものを喜んで分かち合いたいという気持ちを必要とします。あらゆる国の人びとをキリストの弟子とするこの仕事は忍耐強さを要求します。とはいえ,勤勉な働き手はこの神の仕事に喜びを見いだします。詩篇作者が,「わが神よわれは聖意にしたがふことを楽む」と言明したとおりです。(詩 40:8)イエスは聴衆に語りました。「汝等これらの事を知りて之を行はば幸福なり」。(ヨハネ 13:17)クリスチャンとして歩む熱心なわざからしりごみをしない人は,すばらしい究極の報い ― 永遠の命を受ける立場にはいります。―マタイ 16:24,25。

エホバの勤勉な組織に喜び迎えられる

5 1971年のニューヨーク大会でバプテスマの話をした講演者は,キリストの弟子になろうとしていた人びとをどのように歓迎しましたか。それらの人をどんな会衆に迎え入れましたか。

5 クリスチャンの働き人にとって1971年の喜ばしい顕著なできごとは,世界中の各地で開かれた一連のすばらしい「神のお名前」地域大会でした。その大会でのたいへん感動的な光景の一つは,何百人,さらには何千人もの人びとが起立し,イエス・キリストの弟子として歩む熱心なわざに従事する決意を公に表明するのを見ることでした。ニューヨークで開かれたその大会の一つでバプテスマの話をした講演者は,バプテスマ希望者を歓迎してこう言いました。「今朝ここでこうして,エホバ神への愛ゆえにその愛するみ子イエス・キリストの足跡に従うこんなに大勢の皆さんを迎えるのは,なんと胸の踊る喜ばしいことでしょう。皆さんはこれまで何か月もの間,聖書を組織的に勉強し,そして聖書を神の被造物である人間のための神からの案内書として受け入れてきました。また,その基本的な教えを学び,至高の神の正真正銘のしもべとして歩むということにはいったい何が関係しているかを知るようになりました。皆さんの勉強は良い実を結びました。というのは,そうした勉強の結果として皆さんの心の中には強力な欲求が,つまり神の理知ある被造物のすべてが当然なすべきことを行ないたいとの欲求 ― 神に献身したいとの欲求が生じたからです。献身することによって人は喜んで神に永遠に仕えるしもべとなるのです。…わたしたちは皆さんのことをほんとうにうれしく思っていますし,また神の幸福で勤勉なしもべたち,その証人たちの会衆に皆さんを歓迎いたします」。

6,7 (イ)バプテスマを受けた大勢の人びとにとって人生の物事はどのように変わりましたか。彼らはどんな仕事にあずかるよう招かれましたか。(ロ)それらの新しい働き人は忙しい組織にやってきたことをどんな事実が証明していますか。

6 次いで講演者は,非常に忙しい人たちで構成されているエホバの地的な組織に注意を向けさせて,こう語り続けました。「以前,皆さんの多くはおそらく,人生とは目的のないもの,単なる偶然の連続で,ついには重大な偶然である死をもって幕を閉じるものと感じていたかもしれません。また,皆さんの中には…人生は不公平や失意で満ちていることを痛感してきた人もいるでしょう。しかし,今や皆さんにとってそのすべては変わりました。皆さんは生きるための理由を持っています。今日,エホバ神とキリスト・イエスは全地で大きな仕事を行なわせており,しかも,人生を一変させ,命をもたらす仕事にともに働く機会を大勢の人びとのために開いておられることを皆さんは悟りました。神とともに働く労働者なのです! これはのんびりやれるような事がらではありません」。

7 たとえば,1971年中,エホバの証人の組織内の人びとは2億9,195万2,375時間を費やして他の人びとに神のみことば聖書について話しました。また,証人たちは1億3,378万5,116件の再訪問を行ないました。なぜなら,人びとの命のことを心配しているからです。それだけではありません。関心を示した人たちの多くと家庭聖書研究を設けて,平均125万7,904件の研究を司会しました。こうして大勢の人びとが弟子になりました。そのすべては,イエスが,「然れば…往きて,もろもろの国人を弟子とし…バプテスマを施し」なさいと言って追随者に与えた指図に従ってなされたのです。―マタイ 28:19,20。

8 神の民はなぜそのように一生懸命働いているのでしょうか。

8 献身した神の民はなぜそのように一生懸命働いているのでしょうか。それは,彼らの心が神の仕事にあるからです。彼らの献身は純粋なものです。自分たちの生活の中で神の意志を第一にする生き方を選んだとき,彼らは本気でそうしたのです。しかもそのうえ,神から差し伸べられている豊かな報い ― 永遠の命の報いを念頭に置いているのです。それは何と強力な励みを与えるものでしょう。

9 命を愛する人たちはどうしてエホバの証人の隊伍に加わるよう勧められているのですか。

9 命を愛する人はすべて,エホバの証人の隊伍に加わってください。今は特にそうすべき時です。なぜなら,わたしたちは幸いなことに,働き人を最も多く必要とする時代に生活しているからです。イエスが人びとを見て,憫れに思って述べた次のことばを思い起こしてください。「収穫はおほく労働人はすくなし。この故に収穫の主に労働人をその収穫場に遣し給はんことを求めよ」。(マタイ 9:36-38)わたしたちは今や別の偉大な取り入れの仕事の終結する時にいます。神を愛する人たちは,この神の仕事にあずかり,その忠実な働きのすばらしい報い,すなわち永遠の命を刈り取ってください。

10 なぜ事態の急に応ずる態度を培うべきですか。前途の仕事に対してどんな態度を取るべきですか。

10 神の仕事に従事するさい,神への忠節な奉仕の道から人をわきへそらせるおそれのある危険や障害物に気をつける必要があります。仕遂げなければならない仕事,それも今から,現在の邪悪な事物の体制を終わらせる「大かん難」の時までに迅速に仕遂げねばならない仕事に対する正しい見方を持つ必要があるとともに,そうした正しい見方を固守しなければなりません。(マタイ 24:21,新)しかし,どうすればそのような正しい見方を保ち,世の人びとの怠惰な,もしくは無関心な態度や,信仰のない人びとによって影響を受けないようにすることができるでしょうか。

一生懸命働くことに関する正しい見方を常に保ちなさい

11 (イ)クリスチャンの働き人はだれの是認を求めますか。なぜですか。(ロ)真のクリスチャンは仕事に対するどんな態度によって特色づけられていますか。(ハ)パウロはどんな助言を与えていますか。

11 真のクリスチャンはエホバのしもべであり,エホバを愛するゆえにエホバに献身した者である以上,自分たちが,あるいは自分たちの仕事が人にどう思われようと気にする必要はないのではありませんか。真のクリスチャンが切望しているのは神の是認です。「神の誡命を守るは即ち神を愛する」ことなのです。(ヨハネ第一 5:3)王国を宣べ伝えて弟子を作るわざに対するなまぬるい態度は,神に仕える献身した真のしもべのしるしではありません。むしろ,証言を行なう神の偉大な組織の困難なわざにあずかる熱意や熱心さこそ真のクリスチャンを特色づけるものです。(黙示 3:16。ルカ 13:24)わたしたちはさらに多くを行なうことを願い,神とともに働く者としてわたしたちの特に選んだ使命の点で絶えず進歩したいと考えるべきでしょう。(コリント後 1:24)あの根気強い働き人,使徒パウロは,次のように勧めて,わたしたちのために正しい助言を述べました。「汝ら何事をなすにも人に事ふる如くせず,〔エホバ〕に事ふる如く心より行へ。汝らは〔エホバ〕より報として嗣業を受くることを知ればなり」。(コロサイ 3:23,24〔新〕)このことばに注目してください! 報いを与えるのはエホバです。わたしたちは奉仕に関するエホバの規準にかなわなければなりません。このことからすれば,わたしたちはもっと多くを行なえるのではないでしょうか。

12 神に対する純粋の愛に動かされるクリスチャンは何をしますか。

12 クリスチャンは,できるだけ少なく働いてできるだけ多くの報酬を求める俗人に見習う代わりに,神への奉仕の務めをずっと高い水準に置き,はるかに強固な基盤の上に措え,そして絶えず進歩し続けてゆかなければなりません。(ピリピ 3:16)また,人間ではなくて,わたしたちの心を試す神を喜ばせるよう努めます。(テサロニケ前 2:4)そして,キリストやその使徒たちのように,自分を喜ばせたり骨惜しみしたりせずに,神のよしとする事がらに従事し続けます。―ヨハネ 8:29。使行 20:31。

13 クリスチャンの携わる取り入れの仕事はなぜ急を要するものなのですか。

13 それに,神の取り入れの仕事を成し遂げることは急を要します。今やこの邪悪な事物の体制と,依然その一部となっている人びとすべてに突如終わりが臨むまでの時間はわずかしかないからです。神との平和を見いだし,神の側に,またこの古い体制とその神サタン悪魔に対抗してしっかりと立つよう,なおどれほど多くの人びとを援助できるかを考えてみてください。この好期がたちまちにして尽きるとき,命をもたらす神の真理のみことば聖書を用いてそれらの人たちの心を動かすのに何を行なえるでしょうか。それは見過ごしてはならない現実の挑戦です。―エペソ 5:15-17。

人を消極的に,また憂うつにさせる力に警戒しなさい

14 クリスチャンの働き人は何を予期できますか。ガラテヤ書 6章には,それに対抗するためのどんな助言がしるされていますか。

14 神の仕事またその働き人たちはサタンとその組織の憤りと憎しみを引き起こすものとなり,次いでサタンとその組織は神に対するクリスチャンの忠誠を破らせようとしてクリスチャンにあらゆる圧力を加えさせるということは,当然予想されます。たとえ不信者の配偶者や自分の家族の他の成員もしくは親しい友が,あなたを失望させようとするほかならぬ悪魔の用いる器となる場合でさえ,献身した自分と神との関係からそらされないようにしてください。たとえ神の会衆内の仲間の働き人たちが,あなたが最も必要としている慰めや助けをどういうわけか与えてくれないとしても,それはエホバから差し伸べられた,誉れある有意義な仕事を見捨てる正当な理由とは決してなりません。それどころか,大いにエホバのみことばに頼り,またその約束に絶対の信頼を置いてください。霊のためにまいている人は,もし倦み疲れないなら,霊から永遠の命を刈り取ります。このことを確信してください。―ガラテヤ 6:8-10。

15 疑問が生ずる場合,わたしたちはだれの答えを求めるべきですか。わたしたちはだれの模範に見習えますか。

15 もし悪魔に悩まされて,『これはみなむだだろうか。私は実際に何かを成し遂げているだろうか。圧迫を受け,非難・嘲笑を浴びながらこの仕事を全部することが私に求められているのだろうか』という疑問もしくは考え方に苦しめられるなら,どうすべきですか。正しい答え,信頼できる答えを与えうるのはエホバだけであることを思い起こしてください。弟子を作るこの仕事をしもべたちに委ねたのはエホバだからです。疑問が生ずる場合,あなたに必要なのはエホバの答えです。すぐエホバのもとに行って尋ねてください。(箴 3:5,6。マタイ 7:7)預言者ヨブのことを思い起こしてください。信仰のきびしい試練にさいしてヨブは,なんと最後までその唇をもって神を敬い続けたのです。それゆえに神は彼を祝福しました。また,ヘブル書 11章にしるされている信仰の人びとのことを思い起こし,彼らの経験から益を得てください。弟子ヤコブは書きました。「視よ,我らは忍ぶ者を幸福なりと思ふ」。「試錬に耐ふる者は幸福なり,之を善しとせらるる時は,〔エホバ〕のおのれを愛する者に約束し給ひし,生命の冠冕を受くべければなり」― ヤコブ 5:11; 1:12〔新〕。

神の意志を意に介さなかった過去の埋め合わせをする

16 (イ)何を振り返ってみるのは有益ですか。なぜですか。(ロ)わたしたちは使徒ペテロのどんなことばを心に銘記できますか。(ハ)ヨナの例はどのように益するものとなりますか。

16 時おり過去を振り返って,神のしもべになる以前の,神もなければ,世にあって希望もなかった昔の自分の立場を回顧するのは良いことです。そのような過去を振り返ってみると,神のことなど少しも考えなかった無とんじゃくな昔の生活の埋め合わせをしたいとの真剣な願いが呼び起こされるでしょう。しかしどうすれば,神とその意志を無視した自分の過去の埋め合わせを行なえますか。エホバへの奉仕で努力し,自分の過去を悔い改めたことを実証することによってそれを行なえます。ペテロはこのように正しい態度で身を固めることを勧めて,「これ今よりのち,人の慾に従はず,神の〔意志〕に従ひて肉体に寓れる残の時を過さん為なり。なんぢら過ぎにし日は,異邦人の好む所をおこなひ,好色…に歩みて,もはや足れり」と述べています。(ペテロ前 4:2-11〔新〕)預言者ヨナは好例です。本心に立ち返り,神に対する自分の責任を回避していたことに気づいたヨナは身を転じました。そして,「我は…海と陸とを造りたまひし天の神エホバを畏るゝ者なり」と大声でふれ告げた,としるされています。彼はさらに,「されど我は感謝の声をもて汝に献祭をなし 又わが誓願をなんぢに償さん 救はエホバより出るなり」と宣言しました。(ヨナ 1:9; 2:9)ヨナは大事を意に介さなかった自分の過去の埋め合わせをすることをしきりに求めました。わたしたちもそうすべきでしょう。

17 (イ)忙しいクリスチャンは何を念頭に置くべきですか。(ロ)パウロはそれと同じことをどのように気にかけていましたか。

17 同時に,エホバは情け深くも王国に関する忙しい仕事にあずかるようわたしたちを招いていますが,一方,日常生活の種々の関係において良い行状を保つことをもわたしたちに期待しています。このことも念頭に置いてください。宣べ伝えるわざに忙しく携わっていても,一方で自分の道徳規準を引き下げているなら,神に対する愛ゆえに仕えているのではないことになります。まちがった動機で奉仕するなら,わたしたちの仕事はすべて無効になりかねません。ですから,主の仕事に忙しく従事する一方,あらゆる点で神の是認を得られるよう努力しましょう。これは,屈強な働き手だった使徒パウロが,次のように断言したときに気にかけていた事がらでした。「わが体を打擲きて之を服従せしむ。恐らくは他人に宣伝へて自ら棄てらるる事あらん」― コリント前 9:27。

18 どうすれば神から棄てられることがないように自らを守ることができますか。

18 聖書の述べるあの新しい人格をつけることによって,自ら棄てられることがないようにしてください。(エペソ 4:22-24。コロサイ 3:9,10)神の霊が自由に流れて,生活のあらゆる面で導きを得られるようにしてください。そうすれば,霊の結ぶ実がおのずから明らかになり,次いで愛,喜び,平和その他,霊の結ぶ実がわたしたちの互いの関係に有益な影響を及ぼすでしょう。そのように断固として良心的に努力するなら,それはわたしたちが正しい動機と清い心をいだいて神に仕えている証拠となります。―ガラテヤ 5:16-25。

報いに対する正しい見方は,励みを与える有用なもの

19 報いに対する正しい見方もあるに違いありません。なぜですか。

19 宣べ伝える仕事に対する正しい見方だけでなく,報いに対する正しい見方も必要です。考え違いをしないでください。報いを望んで働くことと,神への愛ゆえに働くこととは確かに矛盾してはいません。どうしてでしょうか。報いを差し伸べ,またそれを得るよう努力すべきことを命じているのは神だからです。テトス書 1章1,2節には,「永遠の生命の望に基きて…偽りなき神は,創世の前に…約束し給(へり)」としるされています。神がご自分のひとり子イエス・キリストを贖いとして与え,『すべて信ずる者が彼によりて生命を得』られるようにしてくださったのは,その約束の命の賜物を考えてのことでした。(ヨハネ 3:14-16,36)神はそのような貴重な賜物を用意したのですから,最善を尽くしてそれを得ようと努力する人たちを愛せずにはおられません。それに,霊感を受けた聖書は,「信仰なくしては神に悦ばるること能はず,そは神に来る者は,神の在すことと神の己を求むる者に報い給ふこととを,必ず信ずべければなり」との保証のことばを述べています。(ヘブル 11:6)その報いとは何ですか。その報いとは神の新秩序の正しい状態のもとで享受する永遠の命であることを常に思い起こしてください。ですから,今,報いを得るために努力し,なお機会があるうちに,報いを得る資格を得てください。

20,21 (イ)神の新秩序での生活はどのようなものでしょうか。(ロ)あらゆる場所で人びとは何を享受し,またこの地を何に変えますか。

20 神の新秩序での生活は,わたしたちが今日見ているものとは何と異なっていることでしょう。今日,人は長年月を費やして家庭を築き,美しい庭園を作りますが,突如として死んで,それを他の人に残すにすぎません。しかし約束の新秩序では,多年働いて得た成果をいつまでも享受できるのです。天と海と陸とに見られるあらゆる驚異を考えてごらんなさい。非常に進んだ科学者といえども,この宇宙の基盤を成す叡知や原理を理解しようとしてほんの表面をかすったにすぎないのです。忠誠を保つ神のしもべたちは,その時,永遠の命の報いを享受するので,それら創造の驚異をつぶさに研究する十分の機会に恵まれるでしょう。その時,各地を旅行して,あらゆる人種の仲間の人びとと親しく知り合い,また地上のあらゆる場所の動物をじかに知る十分の時間を持てるでしょう。

21 何よりも,地上のあらゆる場所の人びとは神の地的な子らとして平和と自由を享受するのです。この古い事物の体制をむしばむ恐れからも解放されます。また,どんな仕事に取りかかるにしても,その面でエホバに仕えることができます。神は,すべての人が有意義な仕事につけるよう取り計らってくださるからです。それは重荷となったり,自分自身の,あるいは他の人びとの命を危くしたりする仕事でなくて,人間を復帰させ,この地を美しい園のような楽園に変えることに関する仕事なのです。

22 将来の新しい事物の体制について考えるさい,想像をたくましくしないようにするのはなぜ賢明ですか。

22 もちろん,新秩序の状態について考えるさい,エホバがそのみことば聖書の中で約束していない状態を,想像をたくましくして思いめぐらすようなことはしないように注意するのは賢明です。たとえば,その輝かしい時代に行なわれると期待されるある活動に備えて今訓練する必要などは少しもありません。その時が来れば,そうした訓練や経験を積む十分の時間があるからです。神の王国の支配下では,人びとは時間と戦うことなど全然ない体制の中で生活します。時間は依然として日や年を区切るものではあっても,その時,命は無窮ですから,急ぐ必要はなくなります。

23 クリスチャンの働き人にはなぜ報いが保証されていますか。クリスチャンはだれの模範に見習うよう求められていますか。

23 神の民が一生懸命に働きつつ望み見ている報いは確かなものです。それは創造者自らが保証しておられるからです。その創造者について使徒パウロは確信をいだいて言明しました。「神は不義に在さねば,汝らの勤労と…御名のために顕したる愛とを忘れ給ふことなし」。(ヘブル 6:10)神の王国の良いたよりをふれ告げ,またそうすることによって神の聖なるみ名エホバを広く知らせるあなたの熱心な勤労が報われぬままに終わることはありません。それは確かなことですから,次のように告げられた神のことばに対する破れることのない信仰を保持したアブラハムのようであってください。「アブラムよ懼るなかれ我は汝の干櫓なり 汝のたまものは甚大なるべし」。(創世 15:1)また,「ねがはくはエホバ汝の行為に報いたまへ ねがはくはイスラエルの神エホバ即ち汝がその翼の下に身を寄せんとて来れる者 汝に十分の報施をたまはんことを」とあるように,自分に差し伸べられたすばらしい見込みを全き信仰をいだいて受け入れたモアブ人の女ルツのようであってください。(ルツ 2:12)エホバの大きく開かれた翼の下にその同労者として身を寄せる力と勇気をあなたも見いだせますように。

24 クリスチャンの仕事は,あらゆる目的の中でも最高の目的を有するものです。なぜですか。どんな結果が見込まれていますか。

24 仕事に対する正しい態度を表わすとともに,あなたの努力をゆるめないでください。かえって,常に目ざとくあって主の仕事においてなすべきことをたくさん持ち,できるなら,さらに多くのことを行なってください。(コリント前 15:58)神に対するわたしたちの奉仕は,人が専念しうる最高の仕事です。それはあらゆる目的の中で最大のものです。それはわたしたちの神で創造者であるエホバのみ名に関係していますから,確かにそれは失敗に帰する目的ではありません。むしろそれは勝利を博する目的であり,その達成のために勤勉に働く人たちに,今や間近に迫った神の新秩序で終わりのない命にあずかる見込みのある充実した満足のゆく生活を今送れるとの約束を与えるものです。あらゆる目的の中でもこの最も急を要する目的の達成にわたしたちとともに今あずかる資格をあなたが身につけられますように。

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