レーザーと光と通信
英国諸島の「目ざめよ!」通信員
光 ― それは人間にとって極めて貴重で欠かすことができません。わたしたちの命そのものがそれにかかっています。というのは,太陽系の巨大な発電所とも言うべき太陽の光がなければ,地球上の生命はすべて死に絶えてしまうことになるからです。人間はずっと昔から光の本質を究めようと努めてきましたが,それは色彩や形が限りなく変化する光の言い知れぬ美しさのためであるに違いありません。それに加えて人間は,一層大きな恩恵に浴するために,光を発生させたり利用したりする方法を探ってきました。
人間の着想の中でも特に魅力的なアイデアの一つが1960年代に実現の運びとなり,科学界の外でさえ多くの人々の想像力をかき立てました。それはレーザーの発明です。レーザー光線を発生させる試みは1960年に初めて成功しました。その時はルビーを発生源に用いて赤い光線が得られましたが,今日では,二酸化炭素,水,ヘリウム,アルゴンなど,多種多様の物質を用いることができ,その各々から固有の色彩の光が得られます。
レーザーの発する光は他の光源から得られる光とどのように異なっているのでしょうか。また現在,レーザーはどんな分野で実用化されているでしょうか。
本質的に言って,レーザーには二つの特性が備わっています。これらの特性の点でレーザーに並ぶ光源は他にありません。まず第一に,レーザーの発する光は,電球の場合のように様々な方向に広がることなく,細く収束した鉛筆状の強力な光束<ビーム>になります。第二は光そのものが極めて純粋つまり“可干渉性”であることです。ちょうど,ある楽器から幾つもの音を同時に出すのではなく,一つだけの純粋な音を出すのに似ています。
このような特性があるので,レーザーは様々な分野で幾通りにも用いられています。レーザーの指向性を利用して,地球と月との間の距離の測定が行なわれました。60インチ(152㌢)の望遠鏡を通してレーザー光束を月へ向けて送り,なんと1インチ(25㍉)以下の単位までの距離が測定されました。光の集中度が大きいため,レーザーは切断や溶接に使われています。強力な二酸化炭素レーザーを使えば,紙や布,またダイヤモンドも切断し,厚い鋼板を瞬く間に溶接することができます。医学の分野では,現在,レーザーメスが使われています。これは普通のメスよりも正確に操作できる上に,レーザー光束そのものが血液を凝固させてしまうという利点があるため,止血用の鉗子が不要になります。目の中の網膜剥離の接合手術には,現在,アルゴンガスレーザーの使用が定着しています。咽喉部の微妙な声帯の手術にも実験的にレーザーメスが使用されています。
しかし,レーザーや他の形式の光源の利用法の中でも最も画期的で,非常に広く普及すると思われる新分野が開かれつつあります。科学者はすでに光通信システムを開発しました。電話やテレビの信号を,電線の中を流れる電気の代わりにガラス繊維<ファイバー>の中を進む光に乗せて送信するモデルシステムがすでに使用されています。事実,1980年代の初めには,電話による送信に光通信システムを広く応用できるものと期待されています。
光を使って通信するにはどうしたらよいのでしょうか。この方法にはどんな利点がありますか。また,わたしたちの日常生活にはどんな影響が及びますか。光通信システムが開発されてきた経緯を詳細に調べてみることにしましょう。まず最初に,光そのものの物理的性質を簡単に考慮してみる必要があります。それによって,光が,通信の目的ですでに一般に使用されている種々の波動とある面で非常によく似ていることが分かります。
光の性質
1864年に,スコットランドの物理学者ジェームズ・クラーク・マクスウェルは電気と磁気の法則を結び付けることに成功しました。マクスウェルはこれによって,様々なタイプの波動の存在することを予告しました。その一つが光であることは確認されましたが,当時はまだ知られていなかった他のものも,後になって発見されました。現在,それはラジオ波,レーダー波,X線として知られており,そのいずれも肉眼で見ることはできません。
マクスウェルの理論は,光を含め,あらゆる種類の波動が本質において同じであり,そのいずれも振動する電磁気力から成っていることを明らかにしました。光波とラジオ波の違いを生じさせているのは振動の速さつまり“振動数”だけです。光波の場合,その力は典型的なラジオ波の場合よりも約1億倍も速く振動しています。
ですから,ラジオ波がラジオやテレビのための音楽や画像の信号を送れるように,これとある程度似通った原理や技術を用いて,光波にも同様の働きをさせることができます。しかし,振動数が非常に高いので,理論上,可干渉光にははるかに優れた能力があることになります。つまり光波は,ラジオ波よりずっと多くの膨大な量の情報を伝達する潜在力を秘めているのです。レーザーの発明後間もなく,科学者が光通信システムの研究を開始したのは,この可能性を実現しようとしてのことでした。
光の伝送
実用的なシステムの開発にあたって最初に遭遇した大きな問題の一つは,発信送置から受信装置にどのように光を伝送するかという問題でした。レーザー光束を(ラジオ波と同じように)大気中に直接放射するのは信頼性と実用性のいずれにも欠けることが間もなく判明しました。長い距離を進むうちに,霧や雨,雲や雪に散乱させられたり行く手を阻まれたりすることがあるのです。晴天のときでも,大気中の温度の変化によって光束が屈折,つまり曲がってしまい,進路からずれてしまうことがあります。さらに,何かの角に沿って光束の進路を曲げたり,光束を建物に入れたり建物から出したりするには,寸分たがわず並べられた鏡が幾つも必要になります。
1966年に,イングランドのスタンダード電気通信研究所で働く二人の英国人技師K・C・カオとG・A・ホッカムがこの問題のより良い解決策を提案しました。電線の中を電流が流れるように,人間の髪の毛ほどの太さの軟らかいガラス繊維を使って光を“伝える”つまり誘導できることが何年も前から知られていました。しかしその当時は,繊維の材料であるガラスが粗悪であったため,光が繊維の中をわずか3㍍進む間に,散乱されたり吸収されたりして,光の強さが半減してしまう有様でした。カオとホッカムは,ガラスの質が大幅に改善されれば,ガラス繊維を使って光を幾キロも伝えられるようになることを示唆しました。
この考えに基づいて,米国のコーニング・グラス・ワークス社とベル研究所,日本の日本板硝子<ガラス>,英国の様々な研究グループがそろってガラス繊維の製造法に注意を向けました。1970年にコーニング社がほぼ純粋に近いシリカガラスから光の損失の少ない新しい繊維を開発したことを発表して,最初の突破口を開きました。間もなく,他の研究グループが,新しい種類のガラスを使ったり新しいガラス繊維製造法を開発したりしてこれに続き,一層の進歩が見られました。強さが半減するまでにその光を1.5㌔も伝えるガラス繊維が,今日ではごく普通に製造されています。最近製造されている良質のガラス繊維の中には,その同じ距離を光が伝わる間に,光の強さがわずか三分の一しか失われないものもあります。
炉から送り出されるガラスを引き伸ばしてガラス繊維が造られます。工程の途中でこれをドラムに巻き取りますが,一本で長さが数キロもある繊維を造ることができます。実用に供する場合,繊維を一本ずつプラスチック材で被覆し,それを100本かそれ以上束ねて補強材を加え,外装の中に収めます。このようにして,“光学繊維ケーブル”が造られます。これらのケーブルは光通信システムの中心部分を占め,ケーブル内の各繊維が一つの独立した通信路を形成します。
ガラス繊維は光をどのように伝えるのでしょうか。答えは“全反射”として知られる物理の原理にあります。二種類のガラスが接していて,境界面の下側の(光学)濃度の大きいガラスの中を進む光束が深い角度で境界面に当たると,光の一部は境界面を通り抜けて進み,一部は反射されます。(図をご覧ください。)しかし,光の角度がある角度より浅いと,境界面がちょうど鏡のようになり,光はすべて反射されます。この状態が“全反射”と呼ばれます。ガラス繊維の中心には濃度の大きいガラスがあり,その周囲を別のガラスが包んでいます。程良い浅い角度で中心のガラスに入射された光線は,あちこちで反射されながら繊維の中を進んで行きます。
新型のレーザー
ここ10年間に,ガラス繊維の研究と並行して,光通信システムの他の部分の開発や改良にも努力が向けられてきました。初期のレーザーは大きくて効率も良くありませんでした。ガラス繊維にふさわしい長寿命の新型レーザーを造る必要がありました。加えて,送信機で電気信号を光の信号に変え,受信機で光の信号を解読して電気信号に変える効率的な方法を考案することが必要でした。
今日では,アルミニウムとガリウムと砒素の合金でできたピンの頭ほどの小さなレーザーがあり,これには1年以上の寿命があります。このレーザーは,装置を使って電流を“注入”する時に光束を発するため,“注入型レーザー”と呼ばれています。卓上電子計算器に広く使われている発光ダイオードは,同じ元素からもっと簡単な方法で造ることができます。発光ダイオードの光は干渉光ではありませんが,それでもこれは低容量光通信システムで非常に重要な役割を果たしています。
これらのレーザーや発光ダイオードは,電気的にスイッチを入れたり切ったりして,1秒間に幾百万回も光を明滅させることができます。これを利用して,光のフラッシュの連続信号つまり“パルス”に変えられた電話やテレビの信号が,ちょうど猛烈な速さでモールス信号を送るように,ガラス繊維の中を伝わって行きます。端末の受信装置にあるシリコンで作られた特別製の光検出器が高速で送られてくる光のパルスの流れを電気信号に戻します。
モデルシステム
研究がどこまで成果を上げているかは,幾つかの光通信の予備システムがすでに使用され,さらに進んだシステムが様々な国で現在テスト中である事実から明らかです。英国,米国,ドイツ,フランス,日本はその中でも先頭を切っています。
例えば,1976年3月以来,英国のヘースティングス地区にある約3万4,000台のテレビ受像機に,長さ1.4㌔の光学繊維ケーブルを経由してテレビの信号が送られています。電気信号は発光ダイオードの発する光に乗せられて伝えられています。
ベル研究所は,米国のアトランタにある同研究所の施設に作ったモデルシステムを用いて大規模なテストを行ないました。このシステムには,注入型レーザー1台と,長さ0.6㌔の光学繊維ケーブル2本が用いられました。この光学繊維ケーブルにはそれぞれ144本のガラス繊維が収められていました。すべての繊維の中に光を通すと,このケーブル1本でなんと4万人分以上の音声を同時に送ることが可能です。ケーブルは,典型的な都市の電話網に似せて,地下のダクトに敷設されましたが,工事の際に破損した繊維は1本もありませんでした。
ドイツでは,ミュンヘンにある電気通信事業団が,電話とテレビの信号の送信を目的とする実験用の光学繊維ケーブルを敷設しました。このシステムは,1976年8月以来,何の支障もなく,毎日12時間,順調に作動しています。
同様のシステムは,航空機や船,コンピューター間の連絡にも早くから応用されてきました。ガラス繊維やケーブルを接合したり連結したりするのに必要とされる科学技術や工学上の技能が向上すれば,通信の分野で,これが金属ケーブルの多くに取って代わるものと期待されています。
光や光学繊維ケーブルを使用することにはどんな利点があるのでしょうか。さらに,このすべてはわたしたちの生活にどんな影響を及ぼすことになりますか。
利点と将来の展望
通信にガラス繊維を使用することには従来の銅線を使用する場合と比べて幾つかの利点があります。繊維には金属が含まれていませんから,電気的妨害を受けることがありません。ガラス繊維や光学繊維ケーブルが比較的細いということは,都市の電話網にとって大きな価値のある要素になっています。都市の地下管路はすでにいっぱいになっているところが少なくありません。銅線よりも軽いことは,重量を制限する必要のある航空機や人工衛星にとって大いに利用価値があります。そして最後になりましたが,非常に重要なこととして,ガラス繊維の製造コストは安くてすみます。
また,光学繊維ケーブルは増大を続ける既存の通信網の必要をまかなう手段とみなされています。一般の人にとって,これは電話料金の値上げの沈静化を意味し,おそらく電話がかけやすくなることをも意味するでしょう。
しかし,長期的に見れば,それよりもはるかに胸を躍らせるような利点があります。それは,現在のところまだ十分に利用されていない干渉光の情報大量伝送能力と関係しています。この可能性を現実のものにすべく,1969年以来,“インテグレイテッドオプティクス”と呼ばれる新しい分野が開発されました。そこでは,レーザーが完全に小型化され,非常に小さな光の回路が光学部品を結んでいます。
魅力のある新しい通信方法が心に描かれています。電話線の代わりに光学繊維ケーブルの通じている家庭や事務所では,テレビを通して新しい集中サービスを受けられるようになるでしょう。そのような新しい集中サービスには,コンピューター化された図書館や教育センター,銀行,医療センター,商店などがあります。この設備を利用すれば,自分の家でダイヤルを回してコンピューター化された図書館を呼び出し,望む本をテレビの画面に映し出してもらうことができるようになります。また,銀行を呼び出して,現在の自分の財務諸表を映し出してもらうこともできるようになるでしょう。主婦が家を留守にできない場合でも,テレタイプを操作してテレビの画面に買い求めたい品物の一覧表を映し出し,ボタンを押して超大型商店<スーパーストアー>に注文を送れるようになるかもしれません。テレビ電話を使えば,相手を見ながら電話で話せるようになるでしょう。
光の強力な交信能力によって,将来に数多くの新しい見込みが開かれつつあることは明らかです。光通信システムが研究所での実験段階から実用段階に入るにつれて,様々な益がもたらされることでしょう。このすべてを思い巡らす時,光そのものに驚嘆すべき複雑な性質の備わっていることを深く認識できます。尽きることのない創造の宝は,人間の独創力と知識を探求する内的欲求を心ゆくまで満たしてくれます。―詩 145:16。
[22ページの図]
(正式に組んだものについては出版物を参照)
全反射の原理
ガラス
透過した光
濃度の大きいガラス
深い角度の光束
反射された光
ガラス
濃度の大きいガラス
浅い角度の光束
光はすべて反射される
ガラス繊維が光を伝える方法
浅い角度で入射された光線は中心のガラスの中をジグザグに進む
被覆用のガラス
濃度の大きい中心部のガラス