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目ざめよ! 1982
目82 6/8 7ページ

聖書教育への敵対の記録

1179年 教皇アレクサンデル3世はワルド派の伝道を禁ずる。ワルド派は聖書の一部分の通俗語訳を用いて伝道していた。

1184年 教皇ルキウス3世は神聖ローマ皇帝フリードリヒ1世(赤ひげ王)の支持を受け,イタリアのベローナの教会会議で,聖書を愛する“異端者たち”,つまりカトリックの教義に反することを宣べ伝え続ける人々はもちろん,考え続ける人々もすべて破門し,処罰(普通は火あぶり)のために行政当局に引き渡すよう布告した。

1199年 教皇インノケンチウス3世は,詩篇,福音書およびパウロの書簡をフランス語に翻訳することを非とし,聖書を研究するという「ふらちな目的」のためにフランスのメス司教区で開かれていた集会を禁じた。これら日常語訳の写しが1冊でも見付かれば,シトー会の修道士はそれを焼いた。

1211年 教皇インノケンチウス3世の命により,メスのバートラム司教は日常語に訳された聖書を読む人々すべてに対する聖戦を組織し,そのような聖書は見付かれば然るべく焼却された。

1215年 第4回ラテラノ公会議が開催され,その際の教理規定の最初の3条は,あえて「自分たちで伝道しようとする」異端者に向けられていた。「カトリック神学辞典」はこの措置が主に,通俗語の聖書で伝道していたワルド派を対象としたものであることを認めている。

1229年 フランスのツールーズ宗教会議での教理規定14条はこう述べている。「我々は詩篇,および聖務日課や聖母マリア小聖務日課に含まれる聖書の一部分を除いて,旧新約聖書の本のいかなる写本をも平信徒が所持することを禁ずる。これら例外になっているものも,日常語に訳されている場合はそれを所持することを厳禁する」。

1246年 フランスのベジエでの宗教会議の際の教理規定36条はこう明記している。「公正で法的なありとあらゆる手段に訴え,平信徒がたとえラテン語のものであっても神学書を所持することがないようにし,また僧職者が日常語に訳された神学書を所持することがないよう見届けるように」。

1559年「[教皇]パウルス4世はラテン語訳聖書全巻をピブリア・プロヒビタ(禁書)に加えた。さらに,検邪聖省の許可なしに,日常語で書かれた聖書を印刷したり所持したりしてはならないと述べた。これはいかなるものであれ通俗語の聖書を読むことを禁じるのに等しかった」―「カトリック神学辞典」,第15巻,2738段。

1564年 教皇ピウス4世の出した(禁書)目録の第4番目の規則はこう述べていた。「民衆の言語に訳された聖書を読むことを無差別に許すなら,人間の性急さゆえに,益よりも害が生じることを経験は示している」。

1590年 教皇シクスツス5世は,「教皇座からの特別許可」がない限りだれも通俗語の聖書を読むことができないと規定した。

1664年 教皇アレクサンデル7世は日常語の聖書すべてを禁書目録に加えた。

1836年 教皇グレゴリウス16世は,1564年にピウス4世が出した目録の第4番目の規則は依然として有効であるとの警告を全カトリック教徒に発した。

1897年 教皇レオ13世はその使徒戒律“オフィシオラム”の中で,通俗語の聖書の使用に関して次のような制限を加えた。「カトリック教徒によって出版されたものであろうと,土地の言語に訳された聖書はいずれも,教父や学識豊かなカトリックの著述家の言葉から取った注を付し,教皇座の認可を受けるか司教の監督のもとに編集されたのでない限り,全く禁じられている。……カトリック教徒ではない著述家の作成した聖書の訳すべては,いかなるものであれ,いかなる通俗語に訳されたものであれ,禁じられている。ローマ教皇が折にふれて非としてきた種々の聖書協会の出版したものについては特にこれが当てはまる」。

1955年 フランスのカトリックの著述家,ダニエル-ロップは,聖書教育に対するカトリック教会の反対の理由を要約し,教会当局の然るべき“印刷出版無害証明”および“印刷出版許可”を受けて,次のように書いている。「その本[聖書]に至上性と名声とを取り戻させることにより,ルターおよびその他の“改革者たち”は,その本文を守り,その理解に大いに貢献してきた伝統から聖書を分離するという償うことのできない誤りを犯した。一度それが人の信仰および霊的な命の唯一の源になってしまうと,聖書は[カトリック]教会なしにやってゆく方法を提供するものとなる。……カトリック教会は……トリエント公会議[1545年-1563年]の取った防御措置により対応した。その措置は,中でも[カトリック]教会が公認し,カトリックの伝統と調和した注解が載せられていない限り,通俗語の聖書の翻訳を読むことを信者に禁じていた。……『カトリック教徒は聖書を読むべきではない』という言葉が繰り返されるのを聞くのはありふれたことになった」―「聖書とは何か」(仏文)。

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