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聖書に対する洞察,第2巻
洞-2 「レフィディム」

レフィディム

(Rephidim)[「伸べる」または「さわやかにする」を意味する語根に由来]

イスラエル人が紅海からシナイ山へ進む途中で宿営を張った場所の一つ。彼らはシンの荒野をたってから,ドフカに,次いでアルシュに,最後にレフィディムに宿営を張りました。(出 17:1; 民 33:12-14)レフィディムでは水がなかったため,民は不平を言い,モーセと言い争いました。モーセは神の指示に従って年長者のうちから幾人かを「ホレブの岩」(ホレブ山ではなくホレブの山地と思われる)に連れて行き,自分の杖で岩を打ちました。すると水が流れ出し,それはレフィディムに宿営していた民のもとにまで流れたようです。―出 17:2-7。

レフィディムにいたイスラエル人はアマレク人から攻撃されましたが,ヨシュアの指揮のもとに戦った神の民は,攻撃してきた者たちを打ち負かしました。(出 17:8-16)記録の中での記述の順序を見ると,モーセのしゅうとがチッポラとその二人の息子をモーセのもとに連れて来て,民を裁くのを助ける長たちを選んではどうかとモーセに提案したのは,イスラエル人がレフィディムにいた時であることが分かります。―出 18:1-27。

レフィディムがどこにあったか正確なことは定かではありません。地理学者たちがここではないかと言う場所は様々ですが,それらはイスラエル人がシンの荒野からシナイ山へ進む際にたどった道についての彼らの理解に合わせて推定されています。現代の地理学者の中には,レフィディムをこれがシナイ山であると言い伝えられている場所から北西へさほど離れていない,ワディ・レファイエドの中のある場所と同定する人たちが少なくありません。そのワディに隣接して同名の丘があります。モーセがアマレク人との戦闘の間,手を掲げて立っていたのはこの丘の上だったかもしれません。

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