小さな一歩
「こんなに神経を使う現場は初めてだ」。160㌧の巨大なクレーンを操作するオペレーターは言いました。この人は,海老名市にある,ものみの塔協会の日本支部で行なわれた園芸倉庫の建設に加わっていました。現場でその建設に携わる人すべての真しな態度が運転席にまで伝わってきて,手を抜けない雰囲気だったので神経を使ったとのことです。「ここの人たちは心というか,精神がほかの現場とは全く違う」と,クレーンの責任者は語りました。寸分たがわぬ巧みな操作にそのオペレーターの心意気が表われていました。
安全面での常日頃の真剣さに加えて,この小さな建物の建設には普通以上の張り詰めた空気が漂っていました。ものみの塔協会の国際建設部門の監督自らが総指揮を執り,約40人から成るプロジェクト・チームがこの建設に加わっていました。さらに,千葉,東海,関西の各地方からも20人ほどの人が見学に来ていました。その人たちは,崇拝のために人々が集まる収容人員1,000人を超すホールを建てる計画を持っています。小さな二階建ての園芸倉庫がこれほどの注目を集めたのは,これが日本のものみの塔協会の行なうティルト・アップ工法による最初の建造物で,同協会の今後の建設のモデル・ケースになるからです。
ティルト・アップ工法の利点
ティルト・アップ工法とは,建物の壁面になるコンクリートの壁板を現場に隣接する平らな地面や床面を使って製作する方法です。この工法では,壁板の表面積に相当する平らな面に鉄筋を組み,壁の厚みに相当する型枠を作り,そこにコンクリートを水平に流し込みます。こうするとコンクリートが打ちやすいので水分をそれほど加えずに済み,ひび割れの入りにくいコンクリートが打てます。
今回の壁板パネルの製作で興味深いのは,三,四枚のパネルを積み重ねて製作していったことです。一枚の壁板にコンクリートを流し込み,コテで仕上げ,それが乾くと,表面に剥離剤を塗り,そのパネルの上にあらかじめ組まれた次の鉄筋を置き,型枠を作ってそこへまたコンクリートを流し込みます。それを繰り返し合計16枚のパネルが作られました。
作業
1988年12月10日,午前6時にクレーンが入り,打ち合わせの後,7時45分には作業が始まりました。まず,一番上のパネルがジャッキで下のパネルから剥がされます。次いで,パネルから突き出た鉄筋にワイヤーが掛けられ,クレーンがパネルをゆっくり起こし上げてゆきます。パネルは吊り上げられ,所定の位置へと運ばれて行きます。
幾人かの働き人がパネルを鉄骨に押し付けると,溶接工が手早くパネルを溶接して固定します。クレーンから伸びるワイヤーがパネルの寝かされている場所に戻された時には,次のパネルがすでにジャッキで下のパネルから剥がされてワイヤーの来るのを待っています。
最初は一枚の設置に30分ほどかかっていたのが,見る間にスピードが上がり,やがて15分ほどで一枚のパネルが取り付けられるようになりました。16枚のパネルは無事鉄骨に取り付けられ,早朝には骨組みしかなかった所に,夕方には園芸倉庫が建っていました。
真剣味のあふれる働き人たちは一日の終わりに,快い疲れと深い満足感を抱いてその建物を見ていました。ものみの塔協会が世界各地でこの工法を大々的に用いるようになったのはここ数年のことです。もしこの工法をもっと前に知っていたなら,園芸倉庫ばかりでなく,海老名の同協会の施設全部を建てるためにこの工法を採用していたであろうという日本支部の一責任者の言葉は,この工法を実際に目の当たりにした人々の共通の感慨です。この園芸倉庫の建設はほんの小さな一歩にすぎませんが,日本における真の崇拝を促進する建物の建設の歴史において,これは大きな一歩になるでしょう。
[20ページの図版]
形成された壁板パネルは剥がされ
クレーンで所定の位置へ運ばれる