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  • どうすればアルコール依存症の親とうまくやってゆけるだろうか
  • 目ざめよ! 1992
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目ざめよ! 1992
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若い人は尋ねる…

どうすればアルコール依存症の親とうまくやってゆけるだろうか

「家に帰るのはいやでした。母がいるかどうか分かりませんでしたし,いたとしても,酔っ払っているか,私がとっても悪い子だとぶちまけ始めるかのどちらかだったからです」― ロバート。

「他の人を家に連れてくるのはとても恥ずかしいことでした。……私にとって家族は本当に恥でした」― パトリシア。

アルコール依存症の親と一緒に生活するという難しい状況に毎日耐えている若者は大勢います。「十代の問題」という本は,「アルコール依存症の親と一緒に生活するということは,ストレスと共に暮らすということである。そのストレスはあらゆる方向からやって来る」と述べています。

アルコール依存症の人のうち,子供たちを身体的,性的に虐待する親は,かなりの割合に上ります。a 「オプションズ」という本は,状況がそれほど極端でない時でさえ,「飲酒によって[アルコール依存症の親が]突拍子もないことをしたり,無責任になったり,なげやりになったり,ふさぎ込んだりすれば,それだけで十分悪いのである」と述べています。

ですから,怒りを感じたり,恥ずかしく思ったり,いらいらすることもあるでしょう。もちろん,アルコール依存症の親と一緒に生活するのはつらいことに違いありませんが,うまくやってゆくことができないわけではありません。

問題を理解する

まず最初に,親がお酒を飲む理由を見抜くのは役立ちます。b 「理解のある者は巧みな指導を得る人である」と箴言 1章5節は述べています。

アルコール依存者とは,ときどき酔っ払うだけの人ではありませんし,必ずしも大酒飲みではありません。専門家はアルコール依存症を,生活や仕事や健康に影響を与える深刻な問題を引き起こす慢性的な飲酒の障害と定義しています。アルコール依存者はお酒に夢中になり,あるいはお酒のことしか考えられず,飲むのを制御できません。ほとんどの専門家は,アルコール依存症を抑えるには完全に禁酒するしかないことを認めています。c

ある人々には他の人よりもアルコール中毒になりやすい変わった生理的傾向があり,それがアルコール依存症と関係しているのかもしれませんが,感情的な要素も関係しているようです。例えば,アルコール依存者の内面には,慢性的な自己嫌悪が潜んでいる場合が少なくありません。(箴言 14:13と比較してください。)エイブラハム・トゥウェルスキー博士は,「私の経験では,自分には価値があるという積極的な見方や自分には十分な能力があるという気持ちや自信を,酒におぼれる前に持っていたアルコール依存者にはお目にかかったことがない」と述べています。実際,多くのアルコール依存者はアルコール依存者の家庭で育ちます。お酒を飲むと,幼少時代の感情的な傷の痛みを感じないですむからです。

しかし,お酒を飲むとアルコール依存者の問題は増えるだけです。「酔っ払い」という本によると,「酒によって行動や思考や感情はゆがみ」ます。ですから,アルコール依存者は飲み方の問題を抱えているだけでなく,もっと深いところに根ざした考え方の問題も抱えています。飲酒をやめるためにはかなりの援助が,おそらく訓練を受けた専門家からの援助が必要でしょう。しかし,アルコール依存症の問題について幾らかでも知っていれば,少なくとも親をある程度同情の目で見ることができるようになります。―箴言 19:11。

あなたはどのような影響を受けるか

親がアルコール依存症の場合,家族の成員は全員影響を受けます。(コリント第一 12:26と比較してください。)あなたの生活はとても不安定になるでしょう。親はしらふで帰って来るでしょうか。それとも酔っ払って帰って来るでしょうか。抱擁してくれるでしょうか。それとも殴りかかってくるでしょうか。確かに,アルコール依存症の親は極端から極端に走る場合が少なくありません。「しらふの時は愛情深くて責任感があっても,飲んだ時は道理を超えた暴力と虐待に走る」と,ジェームズ・P・コマー博士は述べています。そのように先が予測できないために,あなたは感情的にシーソーに乗ったような状態になるかもしれません。ある瞬間あなたはアルコール依存症の親を愛していますが,次の瞬間には親のことを嫌に思っています。「いっそ父が死んでくれれば,と思ったこともありました」と一人の若い女性は打ち明けました。

時には,アルコール依存者の家庭で育った影響が何年もたってから表面化することがあります。アルコール依存者の子供はアルコール依存症になるか,アルコール依存症の人と結婚する場合が少なくありません。あるクリスチャンの若い女性は,本人が言うところの「アルコール依存者のつぼみ」の男性に夢中になってしまいました。彼女は,とても立派でしっかりしたクリスチャンの男性を知っていましたが,そうした人には見向きもしませんでした。なぜアルコール依存症の人に引かれたのでしょうか。彼女は自分と同じような人たちのために口を開き,「それは,こうした男性としか親しくなって理解し合えないからです」と述べました。

一人のクリスチャンの長老は,この点での彼女の考え方を調整し,アルコール依存症の有害な循環を断ち切るよう助けることができました。ですから,アルコール依存者の家庭で生活しているだけで,不幸になるよう定められているわけではないことは明らかです。潜在的な危険を最小限にすることができますし,アルコール依存症の親を助けることさえできるかもしれません。

うまくやってゆく方法

スタントン・E・サムノー博士は,「どんな環境で育つかということよりも,自分の環境に反応する際にどんな選択をするかということのほうが重要である」と述べています。家庭内の物事が制御できないように思えたとしても,自分の人生は制御できます。その方法を考えてみましょう。

親の飲酒について責任を感じない。「両親はそれが私のせいだと言いました」と,13歳のベスは述べました。ベスの親は自分たちがお酒を飲むのはベスが言うことを聞かないせいだと非難しました。「すべてのことに対して大きな罪の意識を感じた」ことをベスは認めています。しかし,親がアルコール依存症になった責任はあなたの親に ― あなたの親だけに ― しかありません。「人はおのおの自分の荷を負うのです」とガラテア 6章5節は述べています。

ですから,あなたにはアルコール依存症の親を治すことはできません。わめいたり,どなったり,泣いたり,口げんかをしたりしてもたいして成果はあがりません。それに,あなたには親のためにうそをついたり,玄関で酔いつぶれている親を家の中に引っ張り込んだりして,お酒を飲んだ結果から親を守る義務はありません。

援助を受けるよう親を励ます。このことには大抵,アルコール依存症ではない親や兄弟の協力が必要です。d 「目ざめよ!」誌,1983年3月8日号には,どうすれば家族の成員が(1)アルコール依存者が自分の飲酒の結果を直視するのを助け,(2)飲酒に直接立ち向かわせることができるかについて,はっきりとした提案が載せられています。このような方法で物事を扱うなら,アルコール依存症の人が援助を受ける必要性を理解する助けになるでしょう。

トラブルの現場から立ち去る。箴言 17章14節は,「言い争いが突然始まってしまう前にそこを去れ」と述べています。親のけんかの真っただ中に入って行って,自分の身を危険にさらさないことです。(箴言 26:17)可能なら,自分の部屋に逃げたり友達の家に行ったりすることができます。暴力の危険がある場合,外部の援助が必要でしょう。

自分の気持ちを認める。父親のことを時々嫌に思うため,罪の意識を感じている若者もいます。しかし,嫌になるのも当然です。お酒のせいで,あなたが必要としている世話や援助を父親が与えてくれない場合は特にそうです。確かに聖書によるとあなたには親を敬う義務があります。(エフェソス 6:2,3)しかし「敬う」とは,警察官や裁判官に敬意を示すような方法で,親としての権威に敬意を示すという意味です。それは,親がお酒を飲むのに賛成するという意味ではありません。(ローマ 12:9)また,親がお酒を飲むことを嫌だと思っているあなたが悪い人間だという意味でもありません。悪いのは酔っ払うことそのものです。(箴言 23:29-35をご覧ください。)でも,親自身ではなく,アルコール依存症に憎しみを向けるようにすることができるでしょう。―ユダ 23と比較してください。

築き上げる交わりを見いだす。家での生活が混とんとしているなら,何が正常なのかを見失ってしまうこともあるでしょう。霊的にも感情的にも健康な人々との交わりを楽しむのが重要なのはこのためです。クリスチャン会衆は,保護や支援を大いに与えることができる「兄弟と姉妹と母」の源です。(マルコ 10:30)会衆は,家族のストレスから逃れて一休みできる場ともなります。その上,クリスチャンの家族と交われば,健全な家庭生活とはどういうものか分かります。あなたが家で見ているゆがんだ家庭生活の型を修正できるでしょう。

援助を得る。自分の気持ちを分かってくれる円熟した信頼できる大人がいると,本当に助かります。会衆の長老は大抵この役割を果たしてくれます。ティメン・サーマック博士は,「どんなにつらい気持ちになっても,自分一人で苦しまなくてもよいということを覚えておきましょう」と述べています。

もちろん,あなたが家の状況を変えることはできないかもしれません。しかし,クローディア・ブラック博士が述べているように,「家族の成員は,自分の生活に及ぶ影響を変えることができます」。アルコール依存者を制御しようとする代わりに,自分で制御できる唯一の人,つまり自分自身に注意を集中しましょう。自分の霊的な必要を満たしてください。(マタイ 5:3; 24:14。ヘブライ 10:24,25)聖書はフィリピ 2章12節で「自分の救いを達成してゆきなさい」と述べています。そうするならば,積極的なものの見方を保つことができる上,親が自分の問題に対する援助を求めるよう励ますことさえできるかもしれません。

[脚注]

a アルコール依存症の親に虐待されている場合,援助が必要です。信頼できる大人にそのことを打ち明けてください。例えば,エホバの証人の中では,若い人たちは会衆の長老や他の円熟したクリスチャンに遠慮なく近づくことができます。虐待されている人の援助に関する有益な情報は,「目ざめよ!」誌,1991年10月8日号に載せられています。

b 説明を簡単にするために,この記事ではアルコール依存者を男性としますが,原則は女性の場合にも当てはまります。

c アルコール依存症に関する情報をもっと得たい方は,「目ざめよ!」誌,1992年5月22日号や1982年10月8日号をご覧ください。「ものみの塔」誌,1983年7月15日号もご覧ください。

d アルコール依存症の親がクリスチャンであると公言している場合,あなたの家族は会衆の長老の援助も得たいと思うことでしょう。

[17ページの図版]

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