ものみの塔 オンライン・ライブラリー
ものみの塔
オンライン・ライブラリー
日本語
  • 聖書
  • 出版物
  • 集会
  • 塔77 2/1 92–95ページ
  • 愛されたヨハネは愛について書く

視聴できるビデオはありません。

申し訳ありません,ビデオをロード中にエラーが発生しました。

  • 愛されたヨハネは愛について書く
  • エホバの王国を告げ知らせるものみの塔 1977
  • 副見出し
  • 関連する記事
  • “アガペ”,原則に基づいた愛
  • ヨハネの第二,第三の手紙
  • ヨハネの手紙
    聖書に対する洞察,第2巻
  • 聖書の62番目の書 ― ヨハネの第一の手紙
    『聖書全体は神の霊感を受けたもので,有益です』
  • 「ことば」を紹介する愛されたヨハネ
    エホバの王国を告げ知らせるものみの塔 1976
  • 「イエスの愛する弟子」から学ぶ
    エホバの王国を告げ知らせるものみの塔(研究用)2021
もっと見る
エホバの王国を告げ知らせるものみの塔 1977
塔77 2/1 92–95ページ

愛されたヨハネは愛について書く

イエスご自身は,一個人として,『自分の畑にりっぱな種をまきました』。しかし,時がたつにつれて,そのキリスト教の小麦畑は雑草の畑のように見えてきました。(マタイ 13:24-43)圧制的なおおかみが群れの中に入ってきて,混乱を引き起こしていたのです。このことは使徒たちの活動 20章29,30節のパウロの言葉を思い起こさせます。そうです,使徒ヨハネは,西暦一世紀の終わりごろ,自分の周囲にすでに多くの反キリストが現われているのを見たのです。それは,地上の純粋なキリスト教の組織に関して言えば,当時が確かに「終わりの時」であったことを証明していました。―ヨハネ第一 2:18。

それは,聖書を書くよう聖霊がキリストの弟子の一人に初めて霊感を与えた時から50年以上後のことでした。ヨハネは元々筆の立つ人ではなかったかもしれません。そして使徒たちの活動 4章13節に述べられている,無学な普通の人の一人であったヨハネが,マタイやマルコやルカがしたように,イエスの生涯に関する福音書を書くなど思いもよらなかったかもしれません。

ところがイエス・キリストのための囚人としてパトモス島にいた際,ヨハネは啓示を書くよう特別な指示を受けました。こうして書くことを直接命じれたヨハネは大いに力付けられ,福音書と三通の手紙をも書くように促されたものと思われます。

ヨハネがこれら三通の手紙の最初の手紙を書いた(手紙自体はそのように述べていないが)ことに疑問の余地はありません。ヨハネが筆者であることはごく初期の時代から認められてきました。そして内面的証拠は一層強力なものです。聞き慣れた声を電話で聞くとき,「どなたですか」と尋ねる必要はありません。それと同じことがヨハネの第一の手紙に関しても言えます。わたしたちはヨハネの福音書に精通していればそれだけ,この手紙の中でもヨハネが筆者であることを感じ取れます。そしてこのことは,構文や語いなどヨハネが用いた文体と,その主題の両方についても言えることです。例えば,イエスを指して「ことば」という語を用いているのは,ヨハネの記述だけです。―ヨハネ 1:1。ヨハネ第一 1:1。啓示 19:13。

ヨハネはその最初の手紙をいつ書いたのでしょうか。ヨハネは多くの反対者や反キリストが起こったことについて述べていますから,その時期はかなり後期のことであったに違いありません。この手紙を啓示と比較してみることは,手紙が書かれた時期を知る上で助けとなります。ヨハネが啓示の書を西暦96年ごろに書いたとするかなりの状況証拠があります。ヨハネは西暦100年ごろに死んだものと思われますので,98年が福音書と手紙の書かれた妥当な年と言えます。

ヨハネはこの第一の手紙をだれにあてて書きましたか。手紙の中で,特定なグループや個人に関しては何も述べられていません。しかし,「子どもら」,「父たち」,「若者たち」などの言葉遣いからヨハネは特定な人々を念頭においていたものと思われます。(ヨハネ第一 2:13,14)また,ヨハネは手紙をあてた人々のことを,「愛する者たちよ」と六回呼び,「子どもらよ」と七回呼んでいます。a

使徒ヨハネは,イエスが特別な愛情を抱いた弟子であり,ヨハネはその著作の中で,他のどの聖書筆者よりも,愛という問題を際立たせていますが,だからといってヨハネが弱々しい感傷的な人であったと考えるのは間違いです。ヨハネはそれとは対照的な人でした。イエスは,主人および義に対するヨハネの熱烈な愛ゆえに,ヨハネのことを「雷の子ら」の一人と呼びました。(マルコ 3:17)聖書全巻を通して,「偽り者」という厳しい呼び名は十五回使われていますが,そのうちの九回はヨハネの著作の中に見いだされます。ヨハネはその第一の手紙の中で,自分は罪を犯すことがないと主張するなら神を偽り者とすることになる,神を知っていると言いながらその命令を守らないなら偽り者である,イエスがキリストであることを否定する者は偽り者である,神を愛すると言いながら自分の兄弟を憎んでいる者は偽り者である,そして神の言葉に信仰を置くことを拒むなら神を偽り者と呼んでいることになる,と述べています。―ヨハネ第一 1:10; 2:4,22; 4:20; 5:10。

ヨハネは義に対して熱烈な愛を抱いていたがゆえに,反キリストに注意するよう「子どもら」に警告しています。「わたしは,あなたがたを惑わそうとしている者たちについてこれらのことを書きます」。そうです,世の知恵や哲学に心を奪われた人々,またイエス・キリストが肉体で来られた神のみ子であることを否定する人々が忍び込んで来たのです。そうした人々が『わたしたちの仲間であったなら,わたしたちのもとにとどまっていたはずです。しかし彼らが出て行ったのはそうではなかったからです』。ヨハネはまた,多くの偽預言者が世に出たので,すべての霊感の表現を試して,それが神から出ているかどうかを知りなさいとわたしたちに警告しています。―ヨハネ第一 2:18-26; 4:1-3。

ヨハネはまた義に対する愛のゆえに,神が罪をどうご覧になるかに関してわたしたちに啓発を与えています。(イ)わたしたちは皆罪を犯す者であり,罪を犯さないと言うなら神を偽り者とすることになる,(ロ)わたしたちは罪と激しく戦わねばならない,(ハ)神は,わたしたちが罪の許しを得られるように,キリストのなだめの犠牲を備えてくださった,その犠牲の恩恵は油そそがれたクリスチャン会衆だけではなく,全人類のためのものでもある,(ニ)二種類の罪があり,それは許される罪と許されることのない,意識的で故意の罪であり,故意の罪を犯す者のために神に祈るべきではない,(ホ)真のクリスチャンである者たちは,罪をならわしにしない。―ヨハネ第一 1:8-10; 2:1,2; 3:4-10; 5:16-18。

“アガペ”,原則に基づいた愛

しかしもちろん,ヨハネがこの手紙の中で特に強調しているのは愛に関する問題です。ヨハネは「神は愛(である)」と二度述べています。(ヨハネ第一 4:8,16)ヨハネは,神がわたしたちの罪のためにご自分のみ子を死に至らせ,キリストの追随者が神の子どもとなるよう取り計らわれることにより愛を示されたと述べています。(ヨハネ第一 3:2; 4:10)神がわたしたちにそのような愛を示してくださったのであれば,わたしたちには自分の兄弟を愛する務めがあります。(ヨハネ第一 4:11)神への愛とは神のおきてを守ることです。(ヨハネ第一 2:4; 5:2,3)完全な愛は恐れを外に追いやります。そのような恐れは拘束となるからです。(ヨハネ第一 4:17,18)自分の兄弟を愛するとは,言葉の上だけではなく,窮乏しているときに助けを与えるなど,何かを行なうことです。(ヨハネ第一 3:17,18)ヨハネはさらに力のこもった論議を続け,わたしたちが見ることのでき,また実際に見ている,神の子どもたちを愛さないなら,見たことのない神を愛することはできないという点を明らかにしています。神を愛すると言いながら自分の兄弟を憎む者は偽り者であり,実際には,悪魔自身や悪魔から出たカインと同様に人殺しです。(ヨハネ第一 3:10-16)そして最後に,ヨハネはまた愛してはならないものについてもわたしたちに諭しを与えています。つまり,世と世にあるもの,目の欲望と肉の欲望,そして自分の資力を見せびらかすことなどを愛してはなりません。―ヨハネ第一 2:15-17。

確かに,愛された使徒ヨハネは,原則に基づいた利他的な愛アガペの重要性を認識していました。ヨハネは自分の福音書の中で,他のどの福音書筆者よりも愛に関して多くを述べていますが,同様にヨハネの第一の手紙も,クリスチャン・ギリシャ語聖書中に記録された霊感による他のどの手紙よりも,愛について多くを語っています。

ヨハネは愛を強調してはいますが,愛に次ぐものとも言える特質,つまり信仰を見過ごしているわけではありません。それゆえ,ヨハネはこう書いています。「これが神のおきてです。すなわち,わたしたちがそのみ子イエス・キリストの名に信仰を持ち……互いに愛し合うことです」― ヨハネ第一 3:23; 5:4,10。

ヨハネの第二,第三の手紙

ヨハネの第二,第三の手紙は,聖書の66冊の“書”の中で最も短いものです。それぞれの手紙を収めるのにパピルス紙一枚もあれば十分でした。使徒ヨハネがそれらの手紙の筆者であるとされてきたことには十分な根拠があります。それらの手紙は,自分の名が表題に出ている福音書と第一の手紙とを書いた,イエスの最愛の使徒により書かれたことを示す特徴すべてを備えているからです。「真理」や「愛」などの言葉が比較的良く出てくるのもヨハネの手紙の特徴です。また,ヨハネが第一の手紙を書いたのと同時期,つまり西暦98年ごろにヨハネがこれら二通の手紙を書いたことや,その当時ヨハネがエフェソス市に住んでいたことなどを信ずる根拠もあります。

第二の手紙は「選ばれた婦人」にあてて書かれました。その婦人とはだれのことですか。この質問に独断的に答えることはできません。その婦人は,子どもたちを真理の道に従って育てているとしてヨハネがほめている,あるクリスチャン婦人であったとも言えますし,キュリアという名の一姉妹であったとも考えられます。キュリアは「婦人」を意味するギリシャ語です。あるいは,ヨハネは比喩的な表現を用いて,実際にはクリスチャン会衆のことを言っていたのかもしれません。

この手紙の中でヨハネは,真理,および初めから聞いていたおきて,つまり「互いに愛し合う」ことを強調しています。第一の手紙におけると同様に,ヨハネは反対者を「反キリスト」と呼んで非難しています。(ヨハネ第二 7節とヨハネ第一 4章3節を比べてください。)偽りの教理を教える背教者たちを家へ迎え入れてもなりませんし,またそれらの者にあいさつの言葉をかけてもなりません。この手紙の中でも,ヨハネが愛を強調すると同時に邪悪な者たちに対する義憤を表わしていることが分かります。

ヨハネは第三の手紙をガイオにあてて書いています。このガイオという人が一体だれであったか確かなことは分かりません。ヨハネは,ガイオが真理のうちに歩んでいることを喜んでおり,兄弟たちに示したもてなしと愛ゆえにガイオをほめています。その兄弟たちとは,各会衆を築き上げるために遣わされた人々であったことは明らかです。ヨハネは,これらの兄弟たちを「神にふさわしいしかたで送りだしてください」との指示をガイオに与えています。これは明らかに,物質的な必要物を十分に備えるようにということを意味していました。ここでもヨハネは,愛に基づいた行状を強調しているだけでなく,高慢で利己的で反抗的なデオトレフェスに対する義憤をも表わしています。ヨハネはガイオを訪ねるときに,デオトレフェスを戒めることでしょう。

確かにヨハネの手紙は,わたしたちにとって非常に時宜を得たものと言えます。今日,クリスチャンたちが互いに愛を示し合い,同時に,エホバ神の清い崇拝から彼らを引き離そうとする人々すべてに注意していることが,どの時代にもまして重要だからです。

[脚注]

a 「子どもらよ」(テクニア)というこの表現は,「親愛なる子どもたちよ」とか「愛する子どもたちよ」と訳出することもできます。この語は,愛を表現している指小辞だからです。ギリシャ語で,テクナは「子どもら」を意味していますが,テクニアは「かわいい子どもたち」あるいは「親愛なる子どもたち」を意味しています。この語は,クリスチャン・ギリシャ語聖書中に九回出ており,イエスとパウロが一回ずつ,そしてヨハネが七回用いています。そして,いずれの場合も,比喩的な意味で用いられています。

    日本語出版物(1954-2026)
    ログアウト
    ログイン
    • 日本語
    • シェアする
    • 設定
    • Copyright © 2025 Watch Tower Bible and Tract Society of Pennsylvania
    • 利用規約
    • プライバシーに関する方針
    • プライバシー設定
    • JW.ORG
    • ログイン
    シェアする