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  • 目ざめよ! 1970
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目ざめよ! 1970
目70 4/22 5–8ページ

必要なのは食物だけですか

懸命に働いて,かろうじて暮らしをたてている大ぜいの人にとって,食物以上に価値あるものがありますか

あなたは自分自身と自分の家族に必要な食物を得るため,毎日の大半を費やして働いておられますか。さらに多くの重荷を負って働かねばならないと考えておられますか。生活水準を高めるため,もう一つの仕事をも持たねばなりませんか。そのような人は決して少なくありません。

世界の人々の大半は生活に必要なものを備えるために一生懸命に働かねばなりませんが,そうでない人は,それが首尾よく行こうが行くまいが,概して無関心です。生きるために食物は不可欠だから,何よりも日々の糧を得ることを第一の目的にするのが現実的である,と多くの人は考えているようです。しかしそうでしょうか。

そうすることによって,当面の物質上の必要はまかなわれるかもしれません。しかしそれが実際的な生き方かどうかは疑問です。香港の新聞,スター紙,1968年12月19日号は,「働き過ぎは墓への道のりを縮める」と題する思い切った見出しのもとに,香港の住民の大半は家族を養うのに相当の苦労をしなければならないことを報じました。二つかそれ以上の仕事についたり,昼夜二交替の仕事をかけ持っている人もいます。ある医師は警告しました。「こうした状態は人々の健康をそこなうものとなるでしょう」。

よく考えてみてください。日々の糧を得ることに自分の時間のすべてを費やして,死を早めるような人生に,なんの益がありますか。ところが,それ以外の生き方はいっさい現実的でないとして,とにかく一生懸命に働く人が大ぜいいます。そのような人は,神のみことば聖書の勉強など,時間の浪費だと考えます。具体的な益が直ちに得られるわけではないと思うからです。ある中国人の主婦は言いました。「だって,お米が手にはいるわけではないでしょう」。同様な態度を持つ人は,世界中どこでも,物質上のものを得ることに,ほとんど全精力を注いでいます。

失望に終わる人間の努力

「一生懸命に働いてお金をためれば,万一に備えることができる」,とよく言われます。しかしこうした勧めに従っても,ひどい失望に終わることがあります。

香港の繁華街で一生懸命に野菜売りをしてきた,ある中国婦人のことを考えてください。40年間も懸命に働いたのちのある日,夜遅く帰宅してみると家は泥棒に荒らされ,婦人が長年たくわえてきた360万円相当のお金は盗まれていました。彼女は語りました。「自殺したいような気持ちです。生きる望みがなくなりました」。なかには,突然の平価切り下げで,銀行預金に大きな打撃を受けた人もいます。ですから,このような生き方をする人でも,一夜のうちに多くの物を,あるいは持ち物全部を失ったりすることがあるのです。

これはイエス・キリストの次の助言の正しさを示していませんか。「あなたがたは自分のために,虫が食い,さびがつき,また,盗人らが押し入って盗み出すような地上に,宝をたくわえてはならない。むしろ自分のため,虫も食わず,さびもつかず,また,盗人らが押し入って盗みだすこともない天に,宝をたくわえなさい」― マタイ 6:19,20,口語。

ここでイエスは物質以上に貴重な宝があることを示されました。「人の生くるはパンのみによるにあらず,〔エホバ〕の口より出づるすべてのことばによる」と言われたイエスのことばどおり,人間には文字どおりの食物以上のものが必要です。(マタイ 4:4,〔新〕)霊的な食物,すなわち天の創造者エホバ神に関する知識も必要なのです。実際の食物を重視しすぎていたと思われる当時の人々に,「朽つる糧のためならで永遠の生命にまで至る糧のために働け」とイエスが勧めたのはそのためです。―ヨハネ 6:27。

今日,食物や,食物を買うお金だけを追い求める人は,失望に陥る以外にありません。どうしてですか。それは前途の事態のためです。現時点でさえ,南米・アフリカ・インド・中国大陸の合計15億もの人々は必要最少量の食事にことかき,栄養不良に陥っています。事実,南中華モーニング・ポスト紙,1969年1月2日号は,世界では毎分およそ66人が飢えのために死亡していると報じました。しかもこれは前途の事態からすれば序の口にすぎません。

著名な一科学者はリーダーズ・ダイジェスト誌1969年2月号でこう述べました。「飢えとの戦いで人間が完敗したことは火を見るよりも明らかである。……餓死者の恐るべき増加を食い止めるのはすでに手遅れである。関係資料を豊富に引用した『飢きんの年,1975年!』の著者ウィリアムおよびパウロ・パドックは,世界の飢きんは1975年に猛威をきわめるであろうと予測している。……打つべき手はすでに打たれた。生き残る者がいてほしいと思うが,ほとんどいないことであろう」。

どんな対策を講じようと,世界的な悲惨な飢きんは回避できないと科学者は見ているのです。なんと暗たんたる見通しでしょう。では,人類の諸問題の解決策はほかにあるのでしょうか。十分の食物を備え得るかたが,おられるのでしょうか。このことを考えないわけにはいきません。

考慮に価する権威者

考えてみてください。美しい風物に恵まれたこの地球と,無数の星のきらめく天を造ったのはだれですか。これらの創造物を見て人は深い喜びを味わいます,しかし創造物をそれぞれのところに置いて,人に喜びを与えておられるのはだれですか。聖書はそのほんとうの答えをしるしています。「エホバは……その能をもて地をつくり,その知恵をもて世界を建て,そのさとりをもて天をのべたまへり」― エレミヤ 10:10,12。

今日,人間の創造者の崇拝を心にとめないため,豊かな祝福にあずかれない人が大ぜいいます。エホバ神はご自分に信頼を置く人を必ず顧みてくださるからです。古代のひとりの王はいみじくも述べました。「われむかし年わかくして今おいたれど義者のすてられあるはその裔の糧こひありくを見しことなし」― 詩 37:25。

多くの人々が窮乏に陥っても,神のしもべたちは食物にことかきませんでした。生活上の必要なものが必ず備えられるという,そうした保証を得たいと思われませんか。では,天の父を崇拝する人々に対してイエス・キリストが言われた次のことばに注目してください。「さらば何を食ひ,何を飲み,何を著んとて思ひわづらふな。これみな異邦人のせつに求むるところなり。汝らの天の父はすべてこれらの物の汝らに必要なるを知り給ふなり。まづ神の国と神の義とを求めよ,さらばすべてこれらの物は汝らに加へらるべし」― マタイ 6:31-33。

なんとすばらしい保証でしょう! 食物を含め,それら他のものはすべて与えられ,それを得る努力は祝福され,報われるのです。しかし生活に必要なものを保証してもらうには,何をしなければなりませんか。『まず神の国の事柄と神の義とを求めつづけ』なければなりません。したがって,神のみことば聖書を時間をかけて勉強し,天におられる創造者を喜ばすのに必要な事柄を学ぶのは確かに実際的なことではありませんか。そうすれば,現在,物質上の必要なものが必ず与えられるだけでなく,神の建てられる新しい事物の体制下で,霊的にも物質的にも豊かに祝福される永遠の命が与えられるのです。なんとすばらしい保証ではありませんか。―ヨハネ 17:3。

長い目で物事を見ることの実際性

神の建てられる新しい正しい体制下の生活を目ざして努力するのは,きわめて実際的な生き方ですが,「それは将来のことではないか」と反論する人もいます。

では,自分の子供に良い教育を受けさせるため懸命に働く親のことを考えてください。それには,10年から15年あるいはそれ以上の期間,子供を養い,学費を払わねばなりません。しかし親は,このように長い目で物事を見るのは実際的な生き方だと考えています。子供はやがて良い職業につき,生計を補えるようになるからです。では,天に宝を積んで将来に備えることを勧めたイエスの助言に心を用いるのは,なおいっそう実際的なことではありませんか。

しかし,どのようにして天に宝を積めますか。それには,天におられる神の善意を受けられる生き方を追い求めなければなりません。天に宝を積めば,盗まれる心配はなく,時経てさびるおそれもありません。たとえ自分が死んでも,その恩恵にあずかれるのです。なぜ? なぜなら,神の是認を受けているゆえに,神の記憶にとどめられ,神の新しい事物の体制下によみがえらされるからです。―マタイ 6:19,20。

少しのあいだ,神の建てられるそのすばらしい新しい体制について考えてください。それは,現在の古い体制が,不完全かつ弱小な人間の手で繕われ刷新されて,作り出されるのではありません。まったく新しい体制なのです。今日の人間による支配の代わりに,神による統治が行なわれるのです。しかしそれは可能ですか。

古いものは去り,新しいものが到来する

そのためには,現在の邪悪な事物の全体制を神が終わらせる必要があります。聖書の中で,イエス・キリストは,「事物の体制の終局」について語り,また,弟子たちは,「終わりの日」のことを述べています。そうしたイエスの預言は,もともと西暦70年におけるエルサレムの滅亡に関するものですが,1世紀当時からすれば遠い将来であるキリストの再臨の時期にも明らかにあてはまります。イエスは具体的な証拠を指摘されました。したがって,今が重大な時代かどうかを見分けることができます。

聖書は「終わりの日」を大混乱の時代とし戦争・疫病・地震・不法の増加などを含め,恐るべき事態が世界に生ずることを述べています。イエスはまた,「ところどころに饑饉……あらん」とも言われました。(マタイ 24:3-14。テモテ後 3:1-5,新)今日の世界には明らかにそうした状態が見られます。そのすべては,今が「終わりの時」,すなわち,神がまもなく現在の邪悪な事物の体制を滅ぼされる,キリストの再臨の時であることを示しています。

しかし,時間をかけて神の御心を学び,それを行なう人にとっては,明るい見込みがあります。そのような人は,聖書の次の約束どおり,生き残ることを確かに期待できるからです。「世と世の慾とは過ぎゆく,されど神の御意をおこなふ者は永遠にとどまるなり」。(ヨハネ第一 2:17)考えてみてください。神が現在の邪悪な世界を終わらせる時に生き残れるのです!

神の建てられる新しい体制下での生活は,生存のための長い苦闘ではありません。人間の働きの上に神の祝福があることはだれの目にも明らかとなるでしょう。すべての国の人々を弟子として,クリスチャンの組織を築く喜ばしい仕事は,まもなく,文字どおりの建設計画を含むものとなるでしょう。聖書はこう約束しています。「かれら家をたててこれにすみ,葡萄園をつくりてその果をくらふべし」。自分の働きの益に十分あずかれる時,働くのはなんという喜びでしょう! その時,地上の住民の間には次のような状態が見られるでしょう。「かれらの勤労はむなしからずその生ところの者はわざはひにかからず,彼らはエホバの福祉をたまひしものの裔にしてその子らもあひともにをるべければなり」― イザヤ 65:21,23。

その時,現在多くの場所で見られるような食糧不足はもはやありません。そうです,神の建てられる新しい体制は,豊かな時代をもたらすのです! 昔,ソロモン王の統治下で神の民は豊かな時代に恵まれました。それは,まもなく全地に到来しようとしている繁栄の時代を予表するものでした。聖書は予告しています。「地上では穀物が豊かになり,山々の頂では満ちあふれるであろう」― 詩 72:16,新。マタイ 12:42。

それは確かに,恵まれた生活のできる時代となるでしょう。愛ある創造者に関して,「なんぢ手をひらきてもろもろの生るものの願望をあかしめたまふ」と語った詩篇作者を通して与えられたその約束は,新しい体制の下で確かに果たされるでしょう。―詩 145:16。

行動すべき時

明らかに今は,現在の生活のわずらいのために打ちひしがれたり,物質上の事柄に全精力を奪われたりすべき時ではありません。現在の邪悪な事物の体制のために残されている時間は,急速に尽きようとしています。ゆえに,食べることを生活上のおもな関心事にする生き方は急いで改めねばなりません。ほんとうに命を望むのであれば,「朽つる糧のためならで永遠の生命にまで至る糧のために働け」と言われたイエスの助言に心を用いなければなりません。―ヨハネ 6:27。

世の人々が日常生活の必要物を備えることに没頭している今日,この訓戒は特にたいせつです。それらの物を求めるのにどんなに忙しくても,時間をさいて霊的な食物を取り入れることは絶対に欠かせません。神の知識なくして,これから先,長く生きることは決してできないからです。では,エホバの証人の援助の申し出を受け入れて,エホバ神の御心と人類に関する輝かしいお目的を学んではいかがですか。そのために費やす時間は,のちにもたらされる報いと祝福に比べれば,ごくわずかなものであるにちがいありません。

からだを養う食物に対してではなく,食物の偉大な供給者エホバ神により頼む人は,なんと幸福でしょう。そうする人は,現在の古い体制の滅びる時に,エホバの保護を受けることになるでしょう。その滅びは今やわずか数年先に迫っています。その時,あなたは,『万軍のエホバが……もろもろの民のために肥たるものをもて宴をもうけ』られる清められたこの地上で,生きることを心ゆくまで楽しまれるでしょう。―イザヤ 25:6。

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