ガラスを通して音声や映像を伝える
古代においては知恵や理知の神秘的な象徴だった光は,もはや単なる象徴ではなくなりました。近年,光はその正当な役割を急速かつ静かに担うようになり,実際にあらゆる種類の情報を伝達するようになりました。情報を非常に遠くまで伝達するという光の持つ真の潜在能力を発揮させるためには,(1)特別な種類の光,(2)特別な種類の光伝送路という二つのものの開発が求められました。
最近わたしたちは,胸の躍るような一連の新たな開発により,光のビームを使って,あらゆる種類の驚くべき量の情報をかなり遠くまで,しかも驚異的な速さで送れるようになりました。そうです,今や,毛髪ほどの太さのガラス糸の中を伝わる細い光のビームのおかげで,驚くほど速く,しかも効率よく音声や映像の通信を行なえるようになったのです。このガラス糸は,ケーブルの中に保護されて,米国やヨーロッパや日本の諸都市の間にすでに薄いくもの巣のように張り巡らされており,今や海を越えて,大陸間の掛け橋になろうとしています。
光が直進する特性を持つことはだれでも知っています。それなのに,なぜこうしたことが可能なのでしょうか。角の部分で湾曲したガラス糸の中に,細い光線がとどまり続けられるのはなぜですか。それらの光線はどのようにしてそれほど遠くまで届くのでしょうか。また,それほど多くの情報をどのように伝えるのでしょうか。このすべてを可能にしたのはコヒーレント光という特別な種類の光です。
効率のよいコヒーレント光
情報伝達の面で通常の光線よりもコヒーレント光線のほうが優れていることは,ガラス繊維の中を伝わる光子を道を歩く人に例えて説明できます。まず,通常の光線について考えてみましょう。その光線はあたかも,全員が足並みを乱して,干渉し合いながら歩く大小さまざまな人間からなる群衆のようです。一方,コヒーレント光線は,全員が足並みをそろえて整列行進する同じ大きさの兵士に例えられるかもしれません。互いに干渉することなく足並みをそろえて歩くなら,より多くの人が,より遠くまで,より効率よく,より少ないエネルギーで進めるに違いありません。コヒーレント光についても同じことが言えるのです。
ここで,『そのような光の利用法がなかなか分からなかったのはなぜか。以前にはだれもその方法を考えつかなかったのはなぜか』と,尋ねる方もおられるでしょう。実際,これは全く新しい考えというわけではありません。少なくとも一人の人物,すなわち,アレクサンダー・グラハム・ベルは,光による音声通信の利点を認めて,1880年に「セレニウムと光線電話」という論文を発表しました。
この考えには優れた先見の明が示されていましたが,コヒーレント光がなかったなら,ベルの発明は限られた成功しかもたらさなかったことでしょう。しかし,1番目の必要条件が満たされるようになったのは,1960年代になって,レーザー(電磁波の誘導放出による光の増幅装置)が開発されてからでした。ベルの場合には,もう一つの主要な条件,つまり情報伝達のためのきわめて効率のよい光伝送路を得るという条件も欠けていました。
精巧な,あのガラスの光伝送路 ― どのような機能があるか
レーザーの開発が進む一方で,コヒーレント・レーザー光が非常な長距離を進むことができるような,透明度に優れ,精巧な作りのガラス材の発明と開発に携わっていた人々もいました。その後,それらのガラス材は毛髪ほどの太さの繊維に引き伸ばされました。
多くの人は,人目を引く芸術的な卓上装飾品に使われる,イルミネーションの施されたガラス繊維を見た記憶があるかもしれません。装飾のために,ガラス繊維やプラスチック繊維の束が,生け花のように扇形にひろげられ,先端から光を放ちます。大抵こうした飾りでは,通常の光だけが繊維のイルミネーションに使用されますが,少なくともこれは,光がガラス糸の中を進み,普通の場合のように直進するだけでなく,湾曲部を通ることもできるということを例証しています。これらのディスプレーの場合,光は非常に短い距離しか進みません。
光が芸術的なディスプレーに求められるよりもはるかに遠くまで進めるようにするため,ガラスやプラスチックの特別なコーティングを施すことが考案されました。それらの特別なコーティングによって,逃げ出そうとする光線はことごとくガラスの中にはね返り,光の漏れはかなり抑えられます。それらのコーティングの組成や構造には独創的な数多くの種類がありますが,その各々が独自の方法で,独自の特別な条件のもとで,光の伝達距離を増すのに一役買っています。
そうしたガラス糸,つまりガラス繊維のおかげで,光を伝達し伝送する能力は大いに向上してきましたが,やはり光は臨界角以下で糸の中に送り込まなければなりません。穏やかな湖面が鏡の代わりにもなることを思い起こすなら,その働きに関する原理を理解できます。実際,湖面は湖岸の木々を鏡のように映す場合があります。そうした鏡のような効果が生じるのは,光が非常に浅い角度で目に入ってくるからです。臨界角と呼ばれるこの特別な角度に達するときだけ,水面は鏡のように光を反射させます。同様に,光が臨界角以下の角度でガラス糸の中に送り込まれると,光は鏡を使ったように繊維の内側で内部に反射して,外に漏れるようなことはほとんどありません。
そのようにして送り込まれた光線は,増幅度を拡大する必要もなく,その細い糸の中を40㌔以上は進むことができると見られています。将来の見込みは洋々たるものです。最近の報告によれば,「中継器を置かずにデータを何千マイルも伝達できる」極低損失の繊維が開発されました。
光のこの驚くべき伝送路を保護するためには,伝送路の周りに保護材の層や覆いを設けなければなりません。さらに大抵は,耐久性に優れた繊維や鉄線,それに電線を加えて,細いケーブルを作り上げます。このようにケーブルに収められて保護されたガラス繊維は膨大な情報を効率よく伝達できるので,普通の銅線を伝わる電流はもはや太刀打ちできなくなりました。遠距離の場合は特にそうです。それにしても,そうした特殊な光はどのようにこの細いガラス繊維の中で情報や映像や人の声などを運ぶのでしょうか。
細い繊維が大きな荷物を運ぶ方法
特殊な光線や精巧なガラス繊維には感心させられますが,光線が膨大な情報という荷物を実際に運ぶ方法にも感心させられます。その神秘的な方法の基本となっているのは,秒速約30万㌔という驚くべき光の速度であり,毎秒幾百兆回にも及ぶきわめて高い光波の周波数です。このように周波数が高いので,光のパルスを信号化すれば,細い繊維を伝わる光線の中に驚くべき量の情報を押し込めることができます。一例として光による通話について考えてみましょう。
光による通話
光による通話には,光に乗せて映像を送ることと同様,現代の最も複雑な科学技術の一部が関係しています。しかし,その過程をわずかでも理解するため,光による通話を行なうときに生じる事柄を少しだけ調べてみましょう。
情報伝達に用いられるのは光ですが,実際の過程は以前の方法と同じように,電話機に話しかけるところから始まります。電話機の中で,わたしたちの声の音波はやはり対応する電気信号に変換され,その後この電気信号のサンプルが非常に速いスピードで“スライス”されます。この過程は,実際には何かの動作の連続静止写真,つまり動作のスライスを撮る映画のカメラに似ています。後にそれらの写真を一こまずつつなげて速く映せば,観衆には動いているように見えます。同様に,それらの電気的なスライスは,幾つもの過程を経て信号化され,それから光のパルスに変換されます。次に,信号化された光のパルスは,ガラス糸の中を伝わって受信されます。光のパルスが受信されると,以前とは逆の過程を経て音波に変換され,受話器に入ります。では現在,光通信はどのような益をもたらしているでしょうか。また,将来にはどんな見込みがあるのでしょうか。
現在得られる益の数々
わたしたちが現在,世界に広まっている通信網を受け入れ,認識するようになったときには,すでに新しいシステムの全容が姿を現わしていました。光通信は,心線を束ねた電話ケーブルやマイクロ波による放送網,また幾つかの放送衛星局にさえ取って代わり,しかもそれらの方法よりもずっと多くの益をもたらすものと期待されています。
■ 雑音のない通信。電話を使う人にとって光通信の最重要な利点の一つは,様々な種類の耳慣れた雑音がほとんどないということです。雷,送電線,発電機などはみな電波障害や雑音の原因となり,わたしたちを悩ませてきました。厳重に遮蔽された銅線でさえ,そうしたある種の障害が発生するのを防げません。
部分的に人工衛星を介して通話を行なったことがおありでしたら,通話がほんの少し遅れることに気づいたり,大気の影響を感じたりしたことがあるかもしれません。以前は,エコーが生じたことさえあったようですが,光通信によって,目立った遅れはなくなり,雑音のない鮮明な受信が可能になりました。
■ 信頼性の高い通信。全く信頼できるということも光通信の顕著な利点の一つです。ですから,混線もなく,本質的にいかなる違法な盗聴も不可能です。光線を傍受する方法はまだ考え出されていません。どんな方法にせよ,信号をかなり弱めて,警告を発することになってしまうのです。
■ きわめて効率がよい。たった一組みの光ファイバーで幾千もの通話を行なえるという事実を考えると,光による情報伝達の持つ驚くべき能力を理解することができます。ウェブスター大辞典の内容全体でも,わずか一本のガラス糸により幾千キロもの距離を6秒で送ることができると考えられています。
■ 場所を取らず,悪条件に耐える。新たに開発されたこの方法からすでに益を得ているところは少なくありません。大都市圏は,大量の情報を伝達できる新しい通信方法により,必要な設備が大幅に削減されるという恩恵にあずかっています。今では,わずかな面積に収まる光通信設備が,旧式の交換機設備で一杯になった部屋全体に取って代わることが可能となり,米国のフロリダ・キーズのような遠隔地域でも,雑音のないサービスを受けられるようになりました。フロリダ・キーズのような地域では,海水による悪条件により,電気がショートしたり,化学的な変質が生じたりしがちですが,光通信を使えば,そうした影響を最小限にとどめることができます。
将来を展望する
新たに開発されたこの方法には,洋々たる前途が待ち受けているように思えます。すでに新技術への切り換えが,一部の予想をはるかに超えた速さで進められています。最大の課題の一つは,据え付けが完了した時点でも時代遅れにならないシステムを選ぶことである,と伝えられています。
■ 一つの端末機から音声と映像が出,コンピューターとしても使える。1986年2月号のハイ・テクノロジー誌に,「ビジネス展望」という見出しで掲載された記事は,「米国では,音声や情報や映像を伝達するための媒体として,光通信が急速に好まれるようになってきた。遠距離の場合は特にそうである」と伝えています。その記事はさらにこう述べています。「我々は家庭の中にまで入り込む光通信網を配備し始めている。音声や映像……の操作ができる一つの端末機を使って,データ・ベースに情報を求めることができる」。少なくとも一部の人たちにとってはこの方法により居ながらにして,買い物,銀行との取り引き,飛行機の座席の予約,図書館に関係した特典を得ることなどができるようになっています。友人に電話をかける時でも,顔を見て話ができるようにさえなるはずです。すべては,驚くべきガラス繊維の中を伝わる光のおかげです。
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ガラス繊維の中を伝わる光は内部に反射し,壁を通って漏れることはない
耐久性に優れた繊維や鉄線が保護する
ガラスやプラスチックの覆いを使えば光の漏れを減らせる
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この細い光ファイバーケーブルを使えば,少なくともこの太い従来のケーブルと同量の通話を行なえる